だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「可決…………!」
「はい。お疲れ様です、王女殿下。無事に貴女の案は認められましたよ」

 後ろからひょっこりと、こちらを覗き込むようにケイリオルさんが現れる。改めて彼の口からそれを聞いて、ようやく実感が湧いてきた。

「そう、ですか……よかった……っ」

 脱力しそうになるが、何とか気合いで耐えて胸を張る。

「──では。これにて教育法改正案の正式可決となります。ひとまず数日以内に公布し、諸々の準備が完了次第施行致します」

 こうして、私は貴族会議で無事勝利を収めて退場した。退場の際に会議場中から耳が壊れそうな程の拍手を送られてしまって、

「……会議場から随分離れたのにまだ耳に拍手の音が残ってるわ……」

 暫しの間その拍手の残響に襲われる。
 その事で眉を顰めていたからか、イリオーデが心配そうな顔を作って。

「大丈夫ですか、王女殿下? くっ……私に治癒魔法が使えたなら……!」
「そのうち収まるだろうから大丈夫よ。それより貴方の手は大丈夫なの? 何か、凄く拍手してたけど」

 くるりと振り向いて、イリオーデの手を取る。その手から追い剥ぎのように手袋を剥ぎ取り手のひらを見ると、別に赤く腫れている様子は無くて。
 ただ、とても硬くてマメの多い骨ばった男性の手がお目見えしただけだった。

「私の手は至って平気ですが……気を使わせてしまい、申し訳ございません」
「あ、いやいいの……私がただ気になっただけだから……」

 パッと手を離し、手袋も返して私は体を前に向けた。
 ちらりと横目でイリオーデの方を見ると、何だかとてもフェチズムに刺さりそうな仕草で手袋を着けていて、思わず私は「おぉぅ……」と謎の感嘆を漏らしてしまった。
 そして二人で東宮への帰り道を歩いている時、イリオーデが「少し、気になっていた事があるのですが」とおもむろに口を切った。

「王女殿下は、汚い大人達を相手する事に慣れておりますよね。会話運びといい、人心掌握術といい……これもハイラの教えなのでしょうか」
「別に、そういう訳ではないよ。ハイラは確かに色んな事を教えてくれたけれど、大人相手に喧嘩を売る方法なんて彼女が教えてくれる訳ないでしょう?」
「……それはそうですね」

 イリオーデはこれで納得してくれたようで、ふむ…と口元を押さえて黙り込んだ。イリオーデとハイラの仲が良くて嬉しいわ。
 別に、私は決してカップリング厨という訳ではないんだけど、この二人がくっついたら最強なんじゃないかとかなり思う。

 二人とも家門は侯爵家で、その辺りの釣り合いは取れている。イリオーデが婿入りする形で。二人共美男美女でお似合いだし、何より凄く仲良いみたいだし……あ、でも。イリオーデだけは駄目か。
 ──だって、ランディグランジュ侯爵がハイラの事を好きみたいだから。
 この数ヶ月で、学校を作るにあたっての参考に剣術学校の話を聞きたくて、何度かランディグランジュ侯爵とも会う事があった。

 その際の話題がほぼハイラの事だった。あの時の反応からして、ランディグランジュ侯爵は確実にハイラに片想いしてる。絶対そう。この手の話題に疎い私でも確信出来るレベルで分かりやすいのよあの人。
 だからイリオーデだけは駄目かなぁ……流石に弟に好きな人取られるのはね。ランディグランジュ侯爵があまりにも悪役令嬢的ポジションになっちゃう。

「それにしても……本当に疲れたわ。精神的に。東宮に戻ったら一休みしようかしら〜」
「それもいいかと。王女殿下が心ゆくまでお休みいただけるよう、最善を尽くします」

 ぐぐぐっと背伸びをしながら呟き、明らかに騎士の領分を超えたことまでやってくれるイリオーデに頭の下がる思いになる。
 しかし私は出来る上司なので、一緒に戦場に立ってくれたイリオーデの事をちゃんと労わろうと思う。

 東宮に戻った私は侍女達に頼んでお茶会の用意をして貰い、イリオーデやマクベスタや師匠、カイルやシュヴァルツやナトラも誘って東宮の庭でお茶会をした。
 紅茶好きのシルフも誘いたかったんだけど……最近はずっと仕事だとかで精霊界に篭りきりで、かれこれもう二週間会話すらしてない。

 たまに精霊界に帰っている師匠にシルフの様子を聞いても、大体いつも「元気っすよ」の一言で終わるから、今シルフがどう過ごしているのかが全然分からない。
 シルフに会いたいな。これまで数年間ずっと一緒にいたから、たった二週間会話していないだけで凄く寂しく感じる。

「おねぇちゃん、この紅茶おいしーねぇ」
「……ん? あぁそうだね」
「どしたのおねぇちゃん。ぼく達がいるのに考え事?」

 ティーカップを両手で持ち、シュヴァルツは可愛い笑顔をこちらに向けて来た。ぼーっとしていたので反応が遅れてしまい、シュヴァルツが不審そうな目付きになってしまった。
 ごめんね、と言いながらふわふわな頭を撫でてあげるとシュヴァルツの機嫌も良くなって、元通り楽しいお茶会が再開した。
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