だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

195,5.ある諜報員の奮闘

「ルティは本当に飲み込みが早いなァ、成長速度だけで見ればウチ最強だぜ?」
「あ……ありがとう、ございます」

 諜報部の先輩、偽名《コードネーム》ランスが俺の背中を叩きながら「ガハハ!」と豪快な笑い声を上げる。
 経験や知識の浅い俺は、少しでも早く強く立派な諜報員になるべく手の空いている先輩方に様々な稽古をつけてもらう日々を送っていた。

 今日もその一環で、長い得物を使った戦闘行為に一家言あるランス先輩に何本か付き合ってもらっていた。幸か不幸か……俺は地方の砦にいた頃に色んな武器の扱い方を教えてもらっていたので、一通りの武器は扱える。その個性を活かして万能型戦闘員《オールラウンダー》になれとヌルさんから言われたので、とりあえず俺は全ての武器で戦えるようになる必要があった。
 流石は諜報部と言うべきか、本当に個性溢れる人ばかりでその分戦闘方法も多彩。俺が師事すべき人が多くいて、充実した半年を送れていた事だろう。

「しっかし、俺には分かんねぇな。何でお前はそこまでして早く強くなろうとするんだ? 俺達に顔が割れなかったぐらい、お前ってそもそも強いだろ」

 ランス先輩が、蛇腹剣を鞘に収めながら問うてくる。
 これは訓練の時に良く聞かれる事だった。何がそこまでお前を突き動かすのか──……そう、何度も聞かれた。
 その度に俺の中には一つの答えだけが思い浮かんで。

「……どうしても役に立ちたい人がいるんです。この命に代えてでも、俺はあの御方の恩に報いたいんです」

 脳裏に浮かぶ、ある一人の貴き御方の笑顔。俺の眼には何色も映らないが……世の人々曰く、月の女神の化身のような美しさの少女。
 『またどこかで会いましょう、アルベルト』
 そう最後に別れを告げられてからは、声を聞く事すらも叶っていない。その姿は暇さえあれば遠くからこっそりと見ていたが、声は…………。
 あの鈴の鳴るような声をまた聞きたい。また、彼女に名前を呼んで欲しい。そんな分不相応な望みが俺の心に居座る。

 ただ一人、俺の事を理解してくれた御方。初めて、無条件に俺の事を信じてくれた御方。平然と、人の望みを叶えては素知らぬ振りをする正義の味方のような御方。
 俺には彼女の色は何も見えないけど……それでも、あの御方がまさに女神のような美しさと可憐さを誇り、大海のように広く深き慈悲の心を持っている事は分かる。何せ俺はあの御方の慈悲の心を身をもって体感したからね。いいでしょう!

「ほーぅ、まあいいと思うぜ? 諜報員なんて仕事、それぐらい強い意思がねぇとやってられねぇからな。その御方ってのが誰かは詮索しないでおいてやるが、頑張れよな。新人」

 気前のいい快活な笑顔で、ランス先輩が何度か肩を叩く。
 ありがとうございます。と返事をして、俺達は訓練場を出て諜報部に戻った。そして汗を拭き着替えを済ませた時。部屋の扉が開かれて、『窓』担当のうちの一人が「仕事ですよ〜」と言いながらやって来た。

 『窓』というのは諜報部が唯一外部との接触を図る為に設置している窓口の事で、外部からの極秘任務などを受け付ける場所の事でもある。
 そこの担当が来たという事は、『窓』の存在を知る誰かが依頼をしたと言う事。はっきり言って珍しい事だ。

「ルティ、お前も珈琲飲むか?」
「いただきます」

 ランス先輩から珈琲をいただき、熱々のそれに唇をつけながら窓の話を聞く。

「えーっと、今回の依頼は『白紙の辞書』。初めて『窓』を利用した一見さんですね。その割に手馴れてましたが」
「ほーん、一見も気軽に利用出来るようになったのか。『窓』は」
「そうですねぇ。嬉しいような、諜報部としてはいかがなものか、とも考えてみたり……ってそれどころじゃないんですよ。その依頼者が凄い人なんです!」
「どうしたついに侯爵家でも依頼して来たか?」

 ランス先輩がどこかワクワクしながら尋ねるも、『窓』は顔を横に振った。どうやら依頼者は侯爵家ではないようだ。
 まぁ、依頼者が誰であろうと俺はまだ依頼を受けられる程の実力は無いし、この件は多分ランス先輩が引き受けるだろ──、

「それがですね、なんと依頼者は王女殿下なんですよ!」

 何ぃっ!? と衝撃のあまり飲んでた珈琲を吹き出して噎せた。あまりにも突然の事にランス先輩も『窓』もこちらを心配してくる。
 しかしその声もほとんど届かない程に、俺の心臓はバクバクとうるさく鼓動して、心や頭はぐるぐると様々な感情が入り乱れる。

 何で、どうして王女殿下が諜報部に依頼を? そもそも『窓』の存在をどうして知って──……あぁ、そうか。これは俺へのメッセージなんだ。
 早く直接命令出来るぐらい強くなれという、王女殿下なりの激励の言葉。俺に少しでも強くなる機会を与えようと、王女殿下が気を配ってくださったんだ。

 ああ、やっぱりあの御方はどこまでも慈悲深く気高き人だ。
 お任せください、王女殿下。俺は必ずや貴女の意図を汲み取り、貴女の望むままに動いてみせます。貴女の駒の一つとして完璧に働いてご覧に入れましょう!

「──その依頼、俺に受けさせてください」
「「え?」」

 ランス先輩と『窓』の声が重なる。そんな二人に向けて、俺はもう一度力強く告げた。

「その依頼、俺に受けさせてください」

 原則、見習いには依頼を受ける資格は無いのだが……俺は事情が事情なので、本来はある筈だった一年の見習い期間がぐっと減って四ヶ月に。実はもう既に正規の諜報員だったりする。
 しかしまだまだ技術的に拙い所や、自信の無い所が多かったのでこうして訓練に明け暮れる日々を自発的に送っていた。なので、一応依頼を受ける事は可能なのだ。
 俺が自発的に依頼を受けると言い出した事が心配なのか、ランス先輩が不安げな顔を作り、

「確かに『白紙の辞書』なら闇の魔力のが圧倒的に楽だろうが……お前大丈夫か? ちゃんとやれるのか?」

 ポンっと優しく肩に手を置いて来た。まだ諜報員として未熟なんだから依頼は早いと。無茶はよせ、と暗に忠告してくれる。
 しかし。俺は絶対にこの依頼を受けねばならない。この王女殿下のお役に立てる絶好の機会、逃す訳にはいかないのだ。
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