だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「はい。いつかは俺も依頼を受ける必要があるのです、それが今だったというだけ。という訳で、俺がその依頼を受けます」
「お前……こんな頑固だったか……??」

 そりゃあ頑固にもなる。だって他ならぬあの御方からの依頼なんだから。

「ま、まぁ……それじゃあルティが依頼を受ける方向で処理しますね。はい、これが依頼書です」
「ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀しながら手渡された依頼書に視線を落とす。そこには確かに以前一度だけ見た王女殿下の筆跡で『アミレス・ヘル・フォーロイト』『白紙の辞書探し』と書かれており……本当に王女殿下が依頼者なのだと、密かに舞い上がってしまった。

 ああ、あぁ! 遂に王女殿下のお役に立てる時が来たんだ! これまで割と辛い訓練に耐えてこられたのもエル──サラと王女殿下の存在あってこそ。
 俺の命の恩人で、唯一の理解者で、尊敬する御方。そんな彼女の為に働けるなんて嬉しいな。ようやく、あの御方のご恩に報いれるんだ。

「……ルティ、お前めちゃくちゃ嬉しそうだが……そんな顔出来たんだな。そんなに初依頼を受けれたのが嬉しいのか?」

 ランス先輩の冷静な指摘に、俺はここで初めて自分の表情が弛みに弛んでいた事に気づく。
 諜報員は己の表情さえも武器とせよ。その教えを完璧に忘れてしまっていた。まさか表情を把握し損ねたなんて。
 気合いを入れてキリリとした表情を作り、

「すっごく嬉しいです。この依頼」
「ハハ、そりゃ良かったな」

 自分の心に正直に嬉しいと口にしたら、ランス先輩は子供にするように、俺の頭に手を置いてわしゃわしゃと掻き乱していった。
 その後、今日中に片しておきたい仕事を片付けてから、俺は身嗜みを整えて王女殿下の元に向かった。依頼を受けたら、その日のうちに依頼者に最終確認に行く決まりがあるのである。

 ただの依頼者ならば普通に家を訪ねる所なのだが、今回の依頼者は王女殿下だ。どうしても秘密裏に接触する必要がある。
 いくら仕事と言えど、突然王女殿下の私室に侵入するなど言語道断。王女殿下が気づいてくれますようにと願いながら、花を一輪、王女殿下の私室の窓際に置いた。

 そして暫く近くの木の上で待っていたら、ようやく王女殿下が気づいてくれたようで、窓を開けて花を眺めていた。
 花、気に入ってくれたのかな? 色は分からないけれど、形が綺麗な花を選んだから気に入ってくれたのなら嬉しいな。
 こんなにも近くで王女殿下を見る事が出来るなんて、俺は本当に幸運だ。……そんな浮き足立つ気持ちのまま俺は王女殿下の前に姿を表した。

「っ?!?!」

 すると、王女殿下は警戒した表情で後ろに飛び退き、白い長剣《ロングソード》を構えた。
 ……これは、もしかして怖がらせてしまった?
 ハッとなり俺は自分の格好を見直してみる。諜報部支給の闇夜に紛れる真っ黒の制服。顔もフードと覆面とで半分隠れている為に、夜も相まって姿が全く見えない事だろう。

 どう考えても不審者だ。街で百人に聞けば百人が黒と答えるレベルの不審者だ。
 例え、どれだけ王女殿下が勇敢な人と言えども彼女はまだ十三歳の少女。こんな明らか完璧に不審者な男がこんな時間に突然目の前に現れたら……普通の人なら怯えて当然だ。

 不審者だけど不審者ではないんです! と両手を胸の前で何度も左右に振る。ついでに顔も左右に振っていたのだが、王女殿下は更に警戒を強めるだけで。
 こうなったらもう仕方無い、と俺は覆面を取った。諜報員は原則素顔を見せてはいけないのだが……、

「王女殿下、俺です」

 彼女相手ならば問題無いだろう。今はとにかく、依頼者であり恩人である王女殿下に怯えられている状況の打破が最優先事項だった。

「え、あ…………アルベルト……??」

 王女殿下はぽかんとした顔で剣を持つ手を体側に落とした。
 ……名前、また呼んでもらえた。諜報員になった以上もう呼ばれる事なんてないと思っていた俺の名前……王女殿下に呼ばれただけで、こんなにも心が温かくなるなんて不思議だな。
 こうやってまたお会い出来て本当に嬉しい。たったこれだけの事でとても幸福になれるなんて。俺は本当に単純な人間だ。

「本当は顔とか見せたらいけないんですが、王女殿下相手ならば今更な節もありますし……どうやら、怖がらせてしまったようなので」

 こんな事なら覆面だけでも外しておけばよかった。そう思いながら、申し訳ございません。と謝る。
 すると王女殿下が「勘違いして警戒したのは私だから」とまるで俺に非がないように言ってくれて…なんて心が広い人なんだと、その高潔な御心に感服した。

「もしかして、依頼を受けてくれたのって……」

 突然、何かに気づいたように王女殿下がこちらに視線を送って来る。ようやく気づいてくださった、と喜びながら俺はこくりと頷いた。

「はい、俺です。王女殿下の役に立ちたくて」

 その為にこの依頼に立候補しました。全力で。

「依頼を受けた諜報員がその日のうちに、依頼者の元に依頼内容の最終確認と大まかな日数を聞きに行く事になってて……こんな時間にこんな格好だったから怖がらせてしまったようで、すみません」
「いやそれは……そんな仕組みだって事を知らなかった私に非があるので……」

 王女殿下は本当になんと慈悲深い御方なのか。俺が責任を感じないで済むように、こんなにも非が自分にあると言うなんて……。
 じーんと感動する心を落ち着かせる為にわざとらしく咳払いをして、

「改めまして──……此度の辞書探しの方を務めさせていただきます、偽名《コードネーム》ルティと申します」

 俺は渾身の一礼をして諜報員らしく名乗った。
 決まった……いつか来るかもしれない日の為に、サラと一緒に練習した甲斐があった。こうしてちゃんとお披露目の機会があって良かった。
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