だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

206.カジノ・スコーピオン4

「ルカ、誰か来たわ」
「マジ? じゃあ演技再開っと……」

 小声でカイルにこの事を伝える。そして私達は、気配を察知したと相手に気取られぬよう演技した。
 そこにやって来たのは、髪型が七三分けなカジノのスタッフ。彼は私達の姿を見つけるなり「失礼致します」と言って笑った。

「お客様方が、スミレ様とその同伴者であるルカ様……でよろしいですか?」
「はい。私がスミレで、こっちが連れのルカです」
「どうも、ルカです」

 カジノのスタッフが私達を捜していたようで、それを聞いてすぐ、私はもしやと思いカイルの方をちらりと見た。
 どうやらカイルも同じ事を思ったようで、そこで私達はアイコンタクトを取って順に名乗っていった。

「お客様方の本日の活躍は目まぐるしく、是非とも特別フロアにお招きしたいと思っております。無論、選択権はお客様方にあります」

 よし来た! まさかチャンスがのこのこと現れてくれるとは!!
 もう一度カイルの方に顔を向ける。そして、私達は意思疎通したかのように同時に頷いた。

「勿論行きます! 特別フロアなんて、きっと楽しいでしょうから!」
「そーだな、スミレがそう言うなら俺も勿論着いていくぜ」

 一応念の為、先程適当に考えた『今は亡き父が愛したカジノをめいいっぱい楽しむ子供』を演じつつ私は承諾した。
 カイルもまた、私のお目付け役……みたいな雰囲気を醸し出しながら承諾した。流石のスコーピオンの人間と言えども簡単にはこの演技を見破れなかったのか、

「ではご案内します。お荷物の方は我々がお持ちしますね」

 ニコリと胡散臭い笑顔を貼り付けて、七三分けのスタッフが荷物を差し出すよう言ってきた。

「俺は特に荷物が無いので、この台車を押して貰えたら助かります」
「分かりました。スミレ様はどうされますか?」
「あー……その、このバッグには父の遺したお守りが入ってるので、自分で持っておきます」
「これは不躾な事を。申し訳ございません、スミレ様」
「いえいえ、謝られるような事じゃありませんから」

 当然、私達は荷物を渡さなかった。カイルはそもそもサベイランスちゃんの話をしなかったし、私も私でまた嘘を重ねて魔法薬入りのバッグを死守した。
 台車を押す七三分けのスタッフ案内のもと、私達は一般フロアの一つ上の階層にある特別フロア──VIPルームに辿り着いた。

 チップの入った箱は、七三分けのスタッフが呼んだ他のスタッフ達が手分けして持ってくれたので、無事にVIPルームまで持って行く事が出来た。
 とても豪華で大きな不思議な感じのする扉。流石に城や皇宮の扉と比べると見劣りするものの、それでも豪華である事に変わりはない。

 こんなものを自費で作るなんてスコーピオンは凄いな、と改めて舌を巻く。そうやって、不思議な感じのする扉を暫し眺めていると、隣に立つカイルの顔が険しくなっている事に気づく。
 どうしたんだろう。と横目で眺めていると、

「……サベイランスちゃん、シークレットオーダーだ」

 腰に提げたサベイランスちゃんの入った鞄に手を当てて、日本語でボソリと何かを呟いたようだった。
 シークレットオーダー? なんだろう、それ。秘匿任務的なニュアンスかしら?
 そんな疑問符を頭に浮かべていると、七三分けのスタッフがにこやかな笑顔で扉を開く。私達は促されるがままVIPルームに入り、その瞬間、謎の悪寒に襲われた。背筋をゆっくり撫で上げるかのような気味の悪い寒気に襲われ、僅かに緊張する。

 VIPルームはまさに絢爛豪華。特別フロアと呼ばれるに相応しい豪華で広大な一室だった。そこでVIPルームを見渡しては惚けるでも唖然とするでもなく。私達は寧ろ呆然としていた。
 ──異質。その一言に尽きる。
 何かがおかしい……とは思うのだが、それが何かは分からない。質のいい怪談でも目の当たりにしている気分だ。
 その所為か、私達は呆然としていた。正体の分からない違和感に襲われているからだろうか。

 そんなVIPルームに突如案内された二人組の子供。それに興味を示す、他の客達。どうやら私達よりも先にVIPルームに通された客が何人かいたようだ。
 他の客によって行われる私達の品定め。しかし、生憎と私達は彼等に用は無い。VIPルームに来たのはあくまでもスコーピオンの幹部と接触する為であり、ゲームをしに来た訳ではないのだから。

「ようこそ、特別フロアへ。当フロアは一般フロアよりも手に汗握る最高のゲームをお楽しみいただけます」

 七三分けのスタッフが深く腰を曲げて一礼する。ふむ、どうやら私達はいい鴨として認識されたようだ。無謀に挑戦して負けてくれ──。そんな事を思われているのだろう。

 まぁ、私はもうゲームをするつもりはさらさら無いのだけど。普通は思わないでしょうしね、カジノのVIPルームに通されたのに目的がゲームではなく人の客がいるだなんて。
 好きなテーブルに向かうように言われたので、私はぐるりと部屋を見渡してゲームで見た顔がないか探してみる。

 ……と言っても、ゲームに出てきたのはスコーピオンの頭目たるヘブンだけ。一目見て幹部かそれ以上の存在だと分かるのは彼だけなのだ。
 だから彼に最初から接触出来れば最も楽なんだが、そうは問屋が卸さない。頭目がそう簡単にカジノにいるとも思わないし、当然だが各テーブルに立つ数名のディーラーの顔には全く見覚えが無い。

 ならば当初の予定通り適当に幹部に接触して交渉しよう。比較的交渉しやすそうな風体のディーラーはいるかしら、と改めてディーラー達を観察していると。

「やぁ、お嬢さん。また会えて嬉しいよ」

 相変わらずの敵意剥き出しな笑顔でイケメンお兄さんが現れた。
 お兄さんに向けて「私もです」と社交辞令の笑顔を返した所、カイルが背後から「誰あの人?」と耳打ちをして来た。

「知らないイケメンお兄さんだよ」
「知らねぇのかよ」

 決してイケメンお兄さんから目を逸らす事無く、小声で返事する。するとカイルが呆れた様子でツッコんできた。
 しかしその直後、カイルの表情がすぐに険しく真剣なものへと変わる。その視線の先にはイケメンお兄さんがいて。……やっぱり怪しいな、あのお兄さん。

「そちらは例の豪運の少年だね? 確かにあれは凄まじい快進撃だった。このフロアでのゲームも見ものだな」

 この人絶対に敵だ。出会い頭から私達に随分と激しい敵意を向けてくるもの。
 どうしてそんな事をしているのかは分からないが、私達がこの人にめちゃくちゃ嫌われている事は確定だ。カイルもそれを感じ取ったから、こんなにもピリピリしているのかもしれない。
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