だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

207.カジノ・スコーピオン5

 通されたのはVIPルームの奥の部屋。そこにはもう一つ扉があり、更に別室に繋がっているようだ。
 その上手側にイケメンお兄さんとディーラーが座り、私達は下手側の長椅子《ソファ》に座った。するとカジノに繋がる扉が開き、何人ものディーラーがぞろぞろと入室してきた。
 どうやら、カジノ業務を放棄させて幹部達を呼び出したらしい。私相手にそこまでする意味は一体。
 四方八方を敵に囲まれた四面楚歌状態で、イケメンお兄さんが単刀直入に切り込んでくる。

「改めて聞くが──お前、何者だ。貴族のガキがオレ達のカジノに何しに来やがった。それにどうやってスコーピオンの事を知った?」
「見ての通り、ただの大嘘つきのガキですよ。カジノに来たのは貴方達に会う為。スコーピオンを知ったのは独自の情報源かしら」

 それにしても周りの視線が凄いわ。スコーピオンの幹部達が、皆して私を射殺すかのように睨んでくる。

「何の目的でオレ達に接触しようとした?」
「それは勿論、交渉ですわ。でもその前に……さっさとその変装をやめてくださらない? どうせ偽物なのでしょう、その顔は」
「ハンッ、貴族のガキは変装かどうかも分かるのか。どいつもこいつも信用しないクソ共らしい教育だな」

 嫌味ったらしく嗤い、イケメンお兄さんはその化けの皮を剥いだ。その下から現れたのは、ワインレッドの髪に鮮やかな蜜柑色の瞳の整った顔。
 ──やっぱり、貴方がヘブンだったのね。
 スコーピオンの中でも特に貴族を嫌う男。この階級社会を壊す為に常識外の力に手を染め、やがて志半ばでそれが潰えて死んでしまったテロリスト。

「お望み通り顔は見せてやった。さっさと目的を吐け」

 チッ、と舌打ちをして彼はふんぞり返る。

「取引しましょう。私と、貴方達で」
「取引、だと?」
「えぇ。私にはこの先貴方達の力を必要とする事がある。だから貴方達の力を貸して欲しいの」

 大公領の内乱──それによるレオナードの妹の死をどうにかして阻止したい。一体どういう流れでレオナードの妹が死んでしまうのかは分からないが、とにかくやれる限りの事をやりたい。
 その為には彼等の力が必要だ。少しでも多くの戦力、少しでも多くの悪が必要だ。私の目的を果たす為には、私一人の戦力や悪では到底及ばない。
 だからこそ、スコーピオンの力が必要なのだ。

「取引ってのは平等な条件があって成り立つモンだ。お前の言うそれは貴族御用達の一方的な命令なんだよ」
「別に、一方的な命令などしていないでしょう?」
「命令しているようなものだ。何せその取引とやらにはオレ達にとっての利益が無い」
「あぁ、そういう事。なら教えてあげましょう。この取引で貴方達が得る利益を」

 ピクリ、とヘブンの眉が反応する。

「──私への借り。それが、貴方達が得る最大の利益よ。察しているようだけど……これでも一応、それなりの地位にはいるもの。貴方達が望むものは何でも用意してみせるわ」

 私の命以外ならね。と補足して告げる。
 死ぬ事以外はかすり傷みたいなもの。死なない程度であれば私はどんな要求だって呑むつもりだ。

「ふざけた事吐かしてんじゃねーぞ、ガキが。オレ達は貴族共のそういう所が心底嫌いなんだよ」
「別に私達を好きになれとは言ってないでしょう。私はただ、貴方達に取引を持ち掛けているだけだもの。取引に私情を挟むのは良くないと思うわ」
「だからその取引が成り立ってねぇって言ってんじゃねェか! お前みたいなガキと取引して、駒のように扱われるとして……その結果オレ達に与えられるのはお前への借りだ!? 舐め腐りやがって!!」

 机を両手でバンッ、と叩いて立ち上がり、ヘブンは慣れた瞳でこちらを強く睨んでくる。あれは憎悪だ。フリードルや知らない人から向けられた事があるから分かる。

 でも彼の言い分も分かる。私への借りなんて、私の正体を知らないうちは無価値も同然だもの。
 よかった、念の為に魔法薬を持ってきておいて。鞄の中に手を入れて解除薬を取り出すと、スコーピオンの幹部達が警戒したように身構える。今にも魔法で攻撃されそうな、そんな状況の中で私はその薬を飲む。

「ッ!?」

 魔法薬の効果が打ち消された結果銀色に戻った私の髪を見て、ヘブン達が瞠目する。

「私の本名は、アミレス・ヘル・フォーロイト。見ての通りこの国の第一王女よ。なんの力も無い出来損ないの王女だけれど、この血筋と地位だけは本物だから、借りを作っておくに越した事はないと思うけれど」

 正体を明かすと、幹部達がざわつき始めた。「銀髪だ……」「まさかあの女が」「皇族……ッ」「何でこんな所に」「あれがあの…………」と、各々が怒りや驚きや戸惑いを口にしているようだ。
 どういう訳か、この国において銀髪を持って生まれる人は皇族以外にいない。それどころか西側諸国に銀髪は滅多にいない。

 噂、というか言い伝えによると、初めて氷の魔力を発現させた人間──御先祖様が、その魔力を得た瞬間に髪が銀色に変色したとか。
 氷の魔力がこの血筋にしか現れない魔力である上に、銀髪はこの魔力特有のもの。とまで言い伝えられていて、この国を初めとして西側諸国では滅多に銀色の髪が見られないらしい。

 銀色に近い色の髪はあれど、光を受けて輝く真性の銀色の髪は本当にフォーロイトだけのものらしい。だからだろう、銀髪を見ただけで彼等が恐れおののくのは。
 何せ、今やこの銀髪を持つ者は私を含め三人しかいないのだから。

 皇帝の代は、当時の皇帝……先帝が随分な色狂いだったとかで側室も六人近くいて、兄弟はなんと十人近くいたらしい。つまり随分と銀髪がいたようなのだ。だがそんな中で、我がお父様は兄弟全員と先帝を殺してその座についた。
 流石は無情の皇帝。流石は戦場の怪物。私がまだ生きているのが奇跡に等しい恐ろしさである。

「お前、が……アミレス・ヘル・フォーロイト……っ」

 途端にヘブンの表情が曇る。憎悪の中から滲み出る困惑が、ヘブンの体を小刻みに震えさせる。

「私の正体が明らかになった上でもう一度提案するわ。私と取引しましょう?」
「……さっきと同じ条件でか?」
「そうね。私は私の目的の為に貴方達の力を貸してもらえたらそれでいい。貴方達は貴方達の目的の為に私の命以外の全てを自由にしてもいい。私が現帝国唯一の王女にして皇族である事を考えたら、かなりいい条件だと思うけれど」
「おいアミレス!!」

 命以外の全てをくれてやると告げると、これまでずっと静観していたカイルが横槍を入れてくる。

「お前がレオの事を何とかしてやりたいのは分かるけどよ、だからって何でそうなりふり構わねぇんだ! お前はまだ十三歳の女の子で、この国の王女なんだぞ!? 本当はずっと言いたかったんだ。オセロマイトの時だって、今だって……何でお前は、そうやってすぐ自分を犠牲にするんだよ!!」

 何を今更。私が私を犠牲にするのなんて、そんなの答えは一つしかないじゃないの。

「だって、私《これ》以外には私に犠牲に出来るものが無いから。他の誰も、何一つとして犠牲にしたくない。全部守るって決めたの。だから私は、私の愛した世界と人達を守る為に『私』を犠牲にする」

 私は私の胸に手を当てて、カイルに向けて説明する。アミレスには悪いけれど……きっと、彼女も理解してくれる事だろう。

「そもそも、私は後何年生きられるのかも分からないのよ? もしかしたら明日お父様に殺されるかもしれない。そんな状況で自分を大事にした所で無意味よ。それなら、私自身が犠牲になる事で得られる確実な未来を優先するに決まってるでしょう? 私の未来なんて不確定なものではなく、条件さえ満たせば確約されたような未来を描いた方がずっといいわ」
「おま、え…………目的の為ならどんな犠牲でも許容するつもり、なのかよ」
「そういう訳ではないわ。ただ、私は死なない限りはどうなってもいいと思ってるの。命があるならば、それ以下の犠牲は全て許容するわ。私一人の犠牲で事が少しでも上手く運ぶのなら、それが最適でしょう?」

 何か間違った事を言ったかしら? と問うと、カイルは「なっ…………!」とこぼして息を飲んだ。
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