だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「手をもがれても、足を砕かれても、腹を貫かれても、舌を焼かれても、死なないのなら別にどうでもいいわ。私の最終目標は生きて幸せになる事だもの。その過程にある痛みや苦しみといった犠牲は、目的の為に必要なものだったと許容可能だわ」

 首筋に冷や汗を浮かべ、唖然とするカイルに向けて私の意見を伝える。
 ナトラや皇帝のお陰で恐怖心というものもだいぶ薄れて来た。よく分からないけれど、毒や病や呪いも私には効かない。度重なる特訓や戦闘で痛みにも慣れて来た。

 だから、私の身に何が起きようとも問題無い。寧ろ、たかがその程度の犠牲で目的を成し遂げられるのであればそれが最も効率的だろう。
 だからか、カイルが何にここまで憤っているのかが分からない。最少数の犠牲で多数の幸福や安寧が手に入るのであればどう考えてもこの方がいいのに。

「っ、この利他主義人間め……! お前の言葉がこんなに理解し難いのは、初めてなんだが……?」

 苦笑いを浮かべながら、カイルはフラフラと後ずさる。

「……はぁ。なあ、アミレス。もう二度とそんな事言うな。そう思ってても、二度と言うな。自分が犠牲になってもいいとか、何があってもアイツ等──……お前を大事に思ってくれてる人達の前でだけは絶対に言うな。それはお前が守りたがっている人達をことごとく傷つける言葉だからな」

 真剣な顔でカイルが睨んでくる。何が言いたいのかは分からないが、その気迫に少したじろいで、私は押し黙った。
 カイルもそれ以上は何も言わずに座り直した。こんな状況に、スコーピオンもどうしたらいいのか分からず出方を窺っているようだった。
 とにかく話を戻そうと、私は一度咳払いをしてから切り出した。

「……話に水を差してしまってごめんなさい。それで、どうかしら。貴方達にとってもそれなりにいい条件だと思うけれど? 何なら、貴方達は私に協力するのではなくて、私を利用すればいい。私だって貴方達を利用するし、お互いの利害が一致した取引になると思わないかしら?」

 なんの力も持たない私ではあるが、この血筋と地位だけは確かなもの。それに最近だと氷結の聖女だとか呼ばれていて、市民からの評判もそこそこいい。
 それなりに利用する価値もあると思うのだ。

「……信用ならねぇな。もしオレ達がお前の言う目的の為に力を貸したとして、本当に無事でいられるかも分からねぇ。皇族がオレ達みたいな組織を正体隠してまで使う程、危険な目的って事だろ? お前が俺達を利用する理由が分からねぇ以上、この取引は成立しない。どうしても取引したいのならお前の言う目的の詳細を話せ。取引は限りなく公平でなければならない」

 ふむ、確かにヘブンの言葉にも一理ある。果たして彼等に未来の出来事を話せるのかどうか、まだ分からないが……やるだけやってみよう。

「分かったわ、話しましょう。だけど、当然これは他言無用よ」

 足を組んで、ヘブンの目を見て私は賭けに出る。

「向こう一年以内──早くて半年後とかに、ディジェル大公領で大規模な内乱が起こる。私は、それを阻止して内乱による被害を最小限に抑える為に、貴方達の力を借りたいのよ」

 この言葉が彼等に届いていますように。そう願いながら、私はこの先起きる悲劇を語った。どうやらこの言葉は無事に届いたようで、彼等は目を点にして言葉を失っていた。
 暫し沈黙が続いたが、懐疑に眉を顰めてヘブンが口を切る。

「どうしてオレ達なんだ? ディジェル領の内乱なんてものが本当に起きるなら、城の騎士を動かして対応すればいいだろ」
「その内乱に国が関与する訳にはいかないの。彼等の尊厳に関わる戦いを、権力や武力で制圧するような真似をしたくない。だから、こうして暗躍するしかないのよ」

 彼の言う通り、国の騎士を動かせばきっと内乱を阻止する事も簡単だろう。それこそ権力と武力でもって、無理やり内乱を鎮圧する事だって叶うかもしれない。
 だがそれでは、大公領の人達の尊厳を踏み躙る事になる。長く続いていた大公領の伝統を守る為に戦った、かの地の人達の思いを蔑ろにする事になる。

 そもそも、周りからすれば起こるかどうかも分からない内乱の為に地方──それも帝国の盾たるディジェル大公領に騎士を送るなんて事、皇帝やフリードルが許す訳が無い。
 だからこそ、彼等の尊厳を踏み躙る事無く内乱を阻止する為に、内乱なんかよりももっと強大な絶対悪を作ろうと私は暗躍しているのだ。

「仮にその内乱が起こるとして。具体的には、オレ達を使ってどう内乱を阻止するつもりなんだよ」

 ヘブンの態度が少し変わり、前のめりになって話を聞く姿勢に移る。すると幹部のうちの一人がヘブンに向けて、「ボス……」と複雑な視線を向けていた。さっきまであんなにも敵意剥き出しだったヘブンが、こうして話を聞く気になったのが意外だったのだろう。
 今も敵意を向けて来てはいるものの、何故か正体を明かしてからは少しそれが薄れている。

「貴方達と私で、ディジェル大公領を掻き乱す。内乱なんてしている暇が無いくらいの絶対悪──共通悪になるつもりよ。その戦いで、ディジェル大公領の領民も貴方達も……誰一人として死者を出させないわ」
「共通悪、だと?」
「共通悪があれば、彼等は否応なしに協力する事になる。その際に、分断されたディジェル大公領の領民達の意思を統率出来る者が現れて、内乱をそもそも無かった事に出来たなら……」
「ディジェル領の奴等の尊厳とやらを踏み躙る事も無い、っつー事か」
「えぇ、それが私の狙いよ」

 顎に手を当てて、ヘブンが考え込む仕草を作る。

「さて。これで私の目的は話したけれど……いい返事は貰えるのかしら?」
「……保留にする。あまりにもリスクの高い事だ、こちらで話し合う時間を寄越せ」
「まぁ、別にいいけれど。とは言えども、私達はあまり長くこの町にいられないから、明日には返事を頂戴。言い忘れていたけれど、私への借り以外にも欲しいものがあれば言いなさい。私に用意出来るものなら、報酬として用意するわ」

 門前払いないし断られなかっただけ万々歳。あくまでも彼等が考える時間を望むのなら、きちんと待ってあげよう。
 もう一度魔法薬を飲んで髪の色を紫色に変え、「行きましょう、ルカ」と言って立ち上がった。カイルは大人しく私に従い、後ろを着いてくる。
 VIPルームに繋がる扉を開き、彼等の方を振り向いて告げる。

「それじゃあまた後日。いい返事を期待してますね」

 バタン、と扉を閉めてVIPルームに戻る。特に意味は無いのだが……せっかくだからとカイルと共に一般フロアでいくつかゲームを楽しんでから、夕方に差し掛かった頃に大金の入った袋を手にカジノを出た。
< 905 / 1,368 >

この作品をシェア

pagetop