だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

214.暗躍しましょう。5

「突然船が沈んで、突然船が燃えるだと!? しかも襲撃まで……! クソ……ッ、クソ!! こんなの聞いてねェ!!!!」

 男は走る。ダラダラと滝のように脂汗を流し、階段を駆け下り、扉を開いて部屋に飛び込む。

(この海賊船は王サマが用意した最上級の物なんだろ?! 並大抵の魔法も攻撃も効かねェっつー触れ込みの魔導兵器《アーティファクト》じゃねェのかよ!?!?)

 その通り。この船は、彼等の乗っていた四隻の船は確かにリベロリア王室特製の魔導兵器《アーティファクト》だった。大抵の魔法攻撃も物理攻撃も効かないまさに無敵の船。
 だがしかし、相手が悪かった。何故なら相手は精霊の愛し子たるアミレス・ヘル・フォーロイトと、本当の(・・・)神々の愛し子たるカイル・ディ・ハミルだったのだから。
 アミレスは魔法でもなんでもない、ただ海に満ちる魔力を掌握し操っただけ。カイルは魔法は魔法でも、世界の理にすら干渉する神々の権能に等しい魔法を扱った。
 そんなものを、たかだか人間の作り上げた兵器如きが防げる訳がなかったのだ。

「死にたくねェ、何がなんでも生き残ってやる……ッ!!」

 醜悪で正直な男の本音。この生への執着が、男をより最悪な終末へと誘う。
 男は棚に積まれた荷物を乱雑にどかして、小さくも豪華な宝箱を取り出した。その中には赤い魔石が嵌められた古びた腕輪が一つ。そこから常に禍々しい魔力が溢れており、それによって『リベロリア王国出身の者』に限定して継続的な支援魔法《ブースト》がかかるようになっている。

 これが、彼等海賊がリベロリア王室より借り受けた魔導遺産《ロスト・アーティファクト》。正史では、後にスコーピオンが似た物をオセロマイト王国跡で発見し、それを用いてテロを起こす。
 そんな、対象者の全能力を飛躍的に向上させるような歴史より抹消された魔導兵器が、この魔導遺産《ロスト・アーティファクト》である。
 リベロリアの古代遺跡にて発掘及び復元がされたこの腕輪は、そもそもとして耐久性に難があり、これを用いての魔物の行進(イースター)の対応は不可能と判断したリベロリア王室は、これを戦力等を増やす計画──つまりこの誘拐計画に投入する事とした。

 わざわざ海賊船まで用意してやったのだから、結果としては上々。海賊達はリベロリア王室が期待する通りの成果を得られたのだが、浅ましく欲深い性格だったが故に、こうして終末への片道切符を切ってしまったのだ。
 しかしそれでもこの男は諦めない。その腕輪を手に取り、一心不乱に己の腕に嵌めた。
 この腕輪は、ただ置いておくだけでも一定規模の恩恵を人々に与えられるのだが、それをただ一人が装着した時。それまで大勢の人々に分散していた恩恵が装着者のみに集約する。
 つまり──、

「ォ、オァ……ァ、アアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 めちゃくちゃ強化される。これまで数百人近くに分け与えられていた恩恵が、支援魔法《ブースト》が、ただ一人この男だけに与えられる。
 それは脆弱な人の身には余りある力。弱き人間の人間性と肉体を破壊する程の、常識外の力。この瞬間、男の人格は粉々に砕かれて、肉体も内側から徐々に裂けゆく事になる。
 最早ただの怪物と成り果てたそれは、本能(死にたくない)が為にありとあらゆる障害を破壊する。
 ただの肉塊に成り果てるその時まで、決して止まる事なく。


 ──同時刻。港町ルーシェは騒然としていた。
 多くの町民が港に集い、少し離れた沖の惨状に戸惑いを漏らす。二隻もの船が同時に沈み、一隻の船が瞬く間に燃え尽きた。何が起きたか全く分からない人々は、残る一隻の海賊船を複雑な感情の入り混じる瞳で見つめていた。

「おい、一体何があったんだ?」
「ボス! それが、海賊共を監視しに行こうとしたら突然海賊船が沈んだり燃えたんスよ!」
「何言ってんのお前??」

 スコーピオンの頭目たるヘブンが部下をぞろぞろと伴って港の人集りに近寄ると、幹部の一人であるラスイズが簡単な説明を行った。だがその荒唐無稽な言葉に、ヘブンもすぐには信じようとしなかった。

「これがマジなんですって! 周りの人達も見たんすよ? 海賊船が沈んで、海賊船が燃えるところ!!」
「──おい待て、シャーリーは無事なのか?! 町中捜し回っても見つからねぇんだ……考えられる場所としてはもうあそこしか無ぇってのに、海賊船が沈んで燃えただと!?」

 ようやく事の重大さに気づいたヘブンが、必死の形相でラスイズに掴みかかる。

「シャーリーに持たせてるペンダントはまだ壊れてないみたいだから、まだ命の危機に瀕してはいないみたい……ってレニィさんが言ってたっス。だから多分、シャーリーはあの最後の一隻にいるんじゃないかって」
「……そう、か……」

 ラスイズの報告に、ヘブンひとまず肩を撫で下ろした。
 シャーリーはその体質故に護身用の魔導具などでさえも持つ事が出来ない。なのでその代わりに、幹部の一人たるレニィお手製の特殊なペンダントを常に身につけさせていた。
 それは一度だけシャーリーを命の危機より救う身代わり。例えどんな事があろうとも、一度だけはその危機からシャーリーの命を守る希少なアイテム。

 かつて、運命の女神が零した涙から生みだされたという運命否定の宝石。この世に二つとして存在しないようなそれを、彼等は手に入れたその時にシャーリーに与えた。
 ああ、それだけで。彼等のシャーリーに対する思いの丈が分かる事だろう。

「何が起きたのかは全く分からんが……シャーリーがいる可能性のある場所が絞られたのなら大いに結構。テメェ等、シャーリーを取り戻す準備は出来てるかァ!?」
「「「「「「「イエス、ボス!!」」」」」」」

 くるりと振り向いたヘブンは、スコーピオンの構成員達に問いかける。それに息を合わせて構成員達が答えると、ヘブンはもう一度前を向き、遠くの海賊船を強く睨んだ。
 怒りから彼の顔にはいくつもの血管が浮かび上がり、その瞳も徐々に充血していっているようだ。
 彼等《スコーピオン》からシャーリーを奪った愚か者共へと制裁を加える為に、彼等《スコーピオン》は動き出した。
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