だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「おにいちゃん……? シャーリーちゃんはどうなの、助かるの?」
「あー……えっとねぇ、おにいちゃんね、これ以上シャーリーちゃんの症状が悪くならないようにする事しか出来なさそうなんだ。ごめんね」
「そんな……」
「その代わりちゃんと親御さんの所までは送り届けてあげるから。それまでは悪い大人からおにいちゃんが守ってやるから、安心してくれよな」

 覚悟を決めろ、俺。元はと言えばシャーリーの意識が無いのは俺の所為なんだ。ちゃんとこの子達を親御さんの所まで送り届けてこそ、筋ってものだろう。
 まぁ……一回分の転移用の魔力を節約出来たと思えばいいか。そう思い込もう。
 ……うーん、頭痛てぇ。

「ほんと? あたし達、お家に帰れるの?」
「おう。任せとけ。おにいちゃんは正義の味方だから」

 ミアの瞳がきらりと輝く。ああもう、そこそこ辛いけど痩せ我慢継続だ。
 まず最初にシャーリーをお姫様抱っこで抱き上げる。それを見たミアが「きゃああっ、シャーリーちゃんお姫様みたい!」「おにいちゃんも本物の王子様みたい!」と興奮する。
 おにいちゃんこう見えて本物の王子様なんだよなぁ。

 そんなミアに落ち着くよう伝え、追って俺のローブの裾を決して離さないよう伝える。ミアはかなり真面目で素直な子で、こくりと頷いて大人しく従ってくれた。
 後は来た道を戻るだけ。正直こんな子供達をあの(・・)甲板に連れ出すのは物凄く気が引けるのだが……背に腹はかえられない。
 アミレスが気を利かせて甲板を掃除してくれている事に期待しよう。

 甲板目指してミアと会話をしながらゆっくりと歩く。ミアに歩幅を合わせているのでかなりゆっくりなのだが、これぐらい遅い方が寧ろ今の俺にはありがたい。
 そこで聞いた話によると、ミアとシャーリーはどちらも十歳で最近仲良くなったばかりだとか。今日は空き地で二人でボール遊びをしていた所、変なおっさんに声を掛けられて眠らされたらしい。

 そして、目が覚めたらこんな所にいたんだと。見知らぬ怖いおっさん共が何度か様子を見に来て、その度に怖い目で見られたとミアは語った。
 怖い思いをしたんだな、と言葉で慰める事しか俺には出来ない。それでも頭痛を我慢してミアに慰めの言葉をかけていたその時。遠くの方から謎の破壊音が聞こえて来た。

「なに、今の音……?」
「何かすげぇ嫌な予感が……」

 流石に何事かと思い、その場で立ち止まる。すると遠くから徐々に、闘牛が地を駆けるような音が近づいて来て。
 やがて、その音の正体は俺達が今歩いて来た方から現れた。

「グ……ゥウアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 魔物かのような雄叫び。ボコボコと煮えたぎる鍋のように膨れ上がる肉体に、明らかに常人のそれとは違う肥大化した目。体のあちこちから血が吹き出しているが、この化け物はそんなの気にも留めていないようだ。

「キャーーッ!?」
「なん、だよアレ……?!」

 化け物(それ)は、俺達を見て嗤った。
 その瞬間、凄まじい悪寒が背筋を撫でた。だからだろうか……気がつけば俺の体は勝手に動いていた。
 シャーリーを片手で抱え、空いた方の手でミアを小脇に抱える。そして──、

「舌噛まねぇように口閉じとけよ、ミアちゃん!!」

 俺はなけなしの体力を振り絞って走り出した。
 転移で逃げられればよかったんだが、今はシャーリーがいる。だから転移は使えず、何なら転移以外の魔法だって使えない。頼れるのは己の体一つと来た。
 頭痛の嵐の中、必死に記憶を手繰り寄せて甲板までの道を駆け抜ける。しかしあの化け物はまさに闘牛と言わんばかりの凄まじい速度と威力で俺達を追ってくる。

 何アレ、てか本当にマジで誰アレ?! 何で俺あんな化け物に追われてんの!!!!
 頭痛いし胃痛いし、目眩と吐き気だってまだ腕組んで笑って並走してるような状態で! 何で俺はこんな全力疾走逃走劇繰り広げてんだよ!! 俺はアミレスと違ってそんな武闘派じゃ! ないのに!!

 足が悲鳴を上げても、決して止まる事は出来なかった。某十六連打のように高速で体に鞭をうち、なんとか足を動かしているような状況。
 せめて甲板までは持ちこたえてくれ。甲板にはアイツがいる、アミレスがいるから。せめて、甲板までは。
 アミレスにさえバトンタッチ出来れば、絶対に何とかなるんだ。だから頼む、それまでは耐えてくれ、俺の体!!

「──ッ、アミレス!! 頼む、後は何とかしてくれ!!」

 甲板に続くドアを蹴破り、俺は力の限り叫んだ。
 いざ飛び出た甲板は想像通り……いや、想像以上の惨状だった。一面真っ赤に染まり、その上では多くの死体が折り重なる。
 仏様を踏むなんてどうかと思うが、俺はその死体ロードを進んで更に逃げる。何せもう真後ろにあの化け物の手が迫っているのだから。
 もうすぐで化け物の手が俺に届いてしまう。そう、足を無理に振り上げていた時だった。

「──任せなさい。ここから先は、私が何とかするわ」

 刹那、化け物の手が上空を舞う。少しだけ振り向くと、そこにはアイツがいた。
 白銀の長剣《ロングソード》を構え、いつもと違う紫色の長髪を風に預けて、アイツは俺達と化け物の間に立った。
 俺よりもずっと小さなその背中に、酷く安心感を覚えた。表情は緩み、そこで完全に足から力が抜けて、両膝をつく。
 ミアに「こんな所で降ろしてごめんな」と謝りながら降ろし、シャーリーの事を膝の上で抱えながら俺はため息をついた。呆れとかではなく、本当に心から安堵したのだ。

「はは……アミレスの奴、マジでカッコよすぎんだろ……」

 あの化け物相手に決して臆する事無く立ち向かう歳下の少女に、俺は純粋な憧憬を抱いた。俺よりもずっと立派で凄くてカッコいい女。
 誰よりも勇敢で強い正義の味方。悲劇のヒールなんかよりずっと──……正義のヒロインの方が、お前には似合うよ。
 情けない話ではあるが。何せ、乙女ゲームの攻略対象《ヒーロー》よりもずっと、お前の方がヒーローしてんだからな。
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