だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「貴女達が無事で何よりよ」

 シャーリーちゃんの頭も少しだけ撫でて、立ち上がる。そして外行きの笑顔を作ってからヘブンの方を向いて、

「さて…………お返事を聞かせて貰ってもいいかしら?」

 本題に移った。どうせ断られるんだろうから座る必要も無いかと立ったまま話を振ったのだけど、ヘブンは幹部の一人に向けて「レニィ、客用のやつ持ってこい」と指示して、私には上手側の長椅子《ソファ》に座るようにそちらを指をさしていた。
 どういう心変わり? と疑心を隠しきれないまま、とりあえず言われた通りに師匠と一緒に腰を降ろし、ジトーっとヘブンを見つめてみる。
 数日前とは明らかに違う待遇。シャーリーちゃんとミアちゃんは先程座っていた場所に戻り、自分達が食べていたであろうお菓子を分けてくれた。この子達の厚意を無下にするなんて事、私には出来ない。なのでお菓子をその場で静かに食べながら、再度ヘブンを睨んでみる。
 するとそこで先程レニィと呼ばれた幹部の男がティーセットを載せたトレイを手に戻って来て、私と師匠の前に珈琲が並々注がれたティーカップとソーサーを置いた。

「何これ」
「多分、珈琲よ。うちの国では珍しいから師匠は知らないかも」
「うわにっげぇ、これ人間の飲み物じゃねぇーだろ……」
「師匠の舌には合わなかったみたいだね」

 どうやら慣れない苦味がダイレクトで来たようで、鋭い目で珈琲を睨む師匠。精霊さんの口には合わなかったか……と微笑ましい気持ちになり、私も珈琲をまず一口。前世で飲んだ事があったのかな、ふと懐かしい味だなと思った。
 横目に師匠を見上げると、「ええー、姫さんはこれ飲めるんすか?」とたまげていた。今度メイシアに頼んで珈琲を仕入れて貰おう。そして珈琲も美味しいんだよーと皆に布教しようかな。

「なァ、そろそろ本題に入ってもいいか?」

 不機嫌ですよと書いてあるような表情で、ヘブンは頬杖をついていた。先に本題に移ったのは私なのに、珈琲のくだりで完全に水を差してしまっていたわ。
 ティーカップをソーサーに置き、どうぞと笑みを作る。ヘブンは組んでいた足を元に戻して──、

「……まず、最初に。シャーリーを助けてくれた事、感謝する」

 頭を下げた。多分彼にとって最も屈辱的な王侯貴族へ頭を下げるという行為を、ヘブン自ら進んでやっている。しかもヘブンに続くように、幹部二人も私に向けて頭を下げている。
 目を疑うような光景だった。

「オレ達は、スコーピオンは、受けた恩を決して忘れない。恩には恩で返すのがオレ達の信条だ。例え、相手が憎き貴族や皇族だろうがそれは変わらねぇ」

 何だか流れが変わったわ。この感じだと、まるで取引に応じてくれるような……。そんな早とちりから少しそわそわしつつ、私は彼の次の言葉を待つ。
 ぐっと膝の上で握り拳を作り、少し引き攣った顔でヘブンは言葉を絞り出した。

「…………オレ達がオレ達である為に、お前の取引に応じる事にした。スミレ──……いや、アミレス・ヘル・フォーロイト。お前の言う計画に、オレ達を使え」

 喜びが湧き上がる。まさか、まさか本当に取引に応じてもらえるなんて。ここに来るまで、というかつい先程まで絶対無理だと思っていたから……こうして取引が成立した事が嬉しくて仕方が無い。
 特に下心とかそういうのは無かったのだけど、シャーリーちゃん達を助けた事がここまで結末を変える事になるなんて。本当に偶然に偶然が重なった故の、最も望ましい最良の結果。
 喜びからついにやけてしまいそうな顔を必死に正して、私は彼に向けて手を差し出す。貴族が嫌いな彼に、握手を求めてみたのだ。我ながら浮かれすぎである。

「そう。良い返事が聞けて嬉しいわ。これから暫くの間、持ちつ持たれつでよろしく」
「チッ……握手とか柄じゃねェんだよ…………」

 そうは言いつつも、ヘブンは嫌々握手に応じてくれた。
 その後は今後の事を軽く話し合った。私はもう帝都に戻るから、どうやって連絡を取り合うかとか、ある程度の今後の計画などを決めたのだ。
 連絡についてはヘブンの魔力を使って可能となった。なんとヘブンの持つ魔力が鏡の魔力というもののようで、事前に己の魔力を纏わせておいた鏡同士でのみ、長距離間での会話などが可能になるらしい。いや凄いわね鏡の魔力……。
 ヘブンは小型の持ち運べる鏡をこちらに渡して、「決行日が決まったら連絡しろ。それまでに間に合うよう、こちらも大公領に向けて出発する」と言った。
 なので大公領の内乱の具体的な日時を私が調べる事に。これはまたアルベルトに依頼するしかないわね。と、皇宮に戻ったら諜報部をリピートする事にした。
 三十分程話し合いをして、ある程度計画が固まったので私はお暇する事にした。彼等の精神衛生の為にそろそろ皇族《わたし》は退散しようかなって。
 ミアちゃんとシャーリーちゃんによる手を振りつつの可愛いお見送りの中、部屋を出てカジノを出る。
 本当はスキップしたいぐらいなんだけど、その気持ちをぐっと堪えて、駆け足で宿屋まで戻る。カイルにも早く報告したい。多分今頃寝てるんだろうけど、とにかく叩き起してでも伝えたい。
 貴方のお陰で無事にスコーピオンに協力してもらえる事になったよ。って感謝を伝えたい。

「カイルーーっ! 聞いて聞いてあのね!!」
「ぇ……なに、うるさ……っ」

 壊れそうな勢いで宿のカイルの部屋の扉を開け、寝台《ベッド》で眠るカイルに語りかける。眠そうに目元を擦るカイルにスコーピオンとの交渉結果を報告した。まだ寝ぼけているのか返事が「よかったじゃん」と適当だったけれど、それでもいい。
 港町ルーシェに来た目的はこれにて達成されたから。そんな晴れやかな気持ちのまま私は皇宮に戻ったのであった。
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