だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
(よっしゃ、このヒトがこの調子なら俺が制約破って暴れても問題無さそうだな。しかも殺して良さげ。これならいざと言う時にも妖精共の魔の手から姫さんを守れるぜ!)

 体の横でこっそりと小さくガッツポーズを作る。どうやらアミレスがよくしていたからか、その癖が移ってしまったらしい。
 ここは普通、暴走気味の王を忠臣として止めるべき場面なのだが……何せエンヴィーも妖精達については思う所がある。なので妖精との全面戦争にも乗り気なのだ。

「とりあえず。エンヴィーは引き続きアミィの傍にいるように。ただ、アミィがその妖精の土地に行く時は同行するな。ボク達の存在の有無で妖精共に気づかれる可能性が低くなるだろうし……もしもの時が来たら、すぐにでもアミィの元に行けるよう準備だけでもしておけばいい」

 うぉっほん。とわざとらしく咳払いをして、シルフはエンヴィーに意向を伝える。それにエンヴィーは一度頷いて。

「その時までは、精霊界で待機──見守っておけばいいんすね?」
「そうなるね。その内乱とやらがいつになるのか分からないけれど、ボクは多分制約の破棄をしているだろうから。そうだとしたら勿論手が離せないだろうし……本当はボクが見守りたいけれどそこはお前に任せるよ、エンヴィー」

 シルフが後ろ髪を引かれる思いで告げる。
 するとエンヴィーは一瞬目を見開いて、刹那のうちにその表情を真剣なものへと塗り替えた。

「──我が王からの勅命とあらば。火の最上位精霊の名に恥じぬよう、必ずやご期待に応えて御覧に入れましょう」

 シルフの前にて跪き、左胸に手を当てて、エンヴィーは恭しく頭を垂れた。
 そこにはいつものような軽い口調もシルフへの砕けた態度も無く。エンヴィーは、最上位精霊らしい厳かで神聖なる空気を纏っていた。

「……期待しているよ、エンヴィー」

 堅苦しい事が苦手なエンヴィーがここまでした──それだけで、エンヴィーがいかに本気なのか。それをシルフは理解した。
 故に。王は王らしく激励の言葉を送った。
 精霊の愛し子(エストレラ)を守る為ならば神々との制約さえも破ろうとするエンヴィーの覚悟に、敬意を表するかのように。

「お任せ下さいませ、我が王」

 そしてその言葉に答えるように顔を上げ、エンヴィーは勇ましく笑った。


♢♢


 チク、タク、と。静かな部屋に時計の音が響く。
 時計の針は三を指していて、部屋は暗く、窓より射し込む月の光だけが頼りだった。その部屋の主は大きな寝台《ベッド》に座り、ぼーっと手元に視線を落としていた。

(……ハーブティーを人から贈られたのは、これで二度目ですね)

 その手にはハーブティーの元となるハーブの入った瓶。
 その素顔を隠すように揺れる仮面越しに、彼は思い出に浸りつつその瓶を見つめる。完全にオフと呼ぶべき軽装で、彼は僅かな就寝前の時間を過ごしていた。

(しかも、渡す時の文言も似てましたね)

 仮面の下で柔らかく笑みを作り、彼は思い出を振り返る。

『───ねぇ、貴方最近働きすぎよ? ほらこっちに来て、一緒にお茶にしましょう! 貴方の疲れが少しでも取れるよう、とっておきのものを用意したの』

 一度目は十数年前。薄紅色の髪が儚く映る最愛の女性が、働き詰めの彼を心配して用意したと言っていた。

『───近頃、またお忙しくなられたのか、少しお疲れのようでしたので……少しでも心安らげていただけたらと思い、疲労回復の効果のあるものを選びました』

 二度目は数時間前。銀色の髪が眩く映る守るべき少女が、多忙な彼を心配して選び抜いたと言っていた。
 まさか一度の人生で同一人物ではなく別の人間に、ここまで似た状況で同じ品を渡されるなんて。そう、彼は驚いていた。

(渡す時の表情だって一緒だった。心配そうに私を見上げる顔も、その声だってそっくりだった。嗚呼、駄目だ……益々彼女があの人に似てゆく。どれだけ自制していようとも、彼女にあの人を重ねてしまう──)

 左手でくしゃりと仮面を握り、男は寝台《ベッド》へと身を投げた。その右手には、相変わらずハーブの入った瓶が。
 勢いよく寝台《ベッド》に倒れ込んだからか、はたまた彼自身が仮面に触れていたからか……その仮面は少しズレて、彼の口元を露出させていた。

 滅多に肌を見せないから分からなかったが、とても色白な肌。不健康なのかと問いたくなるような、冷たく青白い唇。
 彼が誰にも見せる訳にいかないと(仮面)を使って隠していた素顔が、少しばかり世に晒された瞬間だった。

(……何がなんでも、彼女が陛下と会わないようにしないと。もし、今の彼女と陛下が鉢合わせた日には…………)

 間違いなく、陛下の怒りと憎悪が彼女の命を奪う。
 彼はエリドル・ヘル・フォーロイト皇帝をよく知っている。だからこそ確信を持って言えるのだ。その少女にとって、エリドルと鉢合わせる事は死そのもの。最も忌避すべき事なのだと。

 そのような事態にはならないようにすると彼は腹を括った。どんな手段を使ってもいい。二人が顔を合わせる事だけは起きぬよう裏で手を回し尽くそう。

(大変ですけど、これも二人の為ですから──……)

 男は決意した。疲れきった体を酷使してでも、最愛の人の心と最愛の女性の忘れ形見を守る為に、更に身を粉にすると。

 色素が抜け落ちて来ているのか、少しばかり白く色褪せた金色の髪の毛をふわりと動かして体を起こす。寝台《ベッド》から立ち上がり、彼は机の上にハーブ入りの瓶を置いて、やがて彼は糸の切れた操り人形のように寝台《ベッド》に倒れ込んで就寝した。
 何を常に警戒しているのか、その(仮面)だけは決して外さないまま…………。
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