だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
『皇帝陛下の命令です。無能な人形は早々に廃棄してしまえと。貴女は最期まで、誰にも愛されなかった憐れで滑稽な道具(おにんぎょう)だったのですよ』
『──っ……そん、な……ごめ、ん……なさ……い……おと……う、さ…………っ』

 苦しそうな声と共に溢れ出す赤い鮮血と、大粒の涙。
 ピシッ、と何かに亀裂が入ったような気がした。
 ……ドウシテ? 何故貴女は、愛されないと理解していても、棄てられたと理解しても、最期まであの御方に謝るのですか? 
 貴女は何も悪くない。貴女はただ憐れな子供なのに。それではまだ心残りがあるみたいじゃないですか。

『あの御方は、貴女を娘と思った事などありませんよ』

 ここまで言えば、王女殿下も心残り無く死ねるでしょう。苦しまず、後悔も無く死ねるなんてとても素晴らしい事ですから。
 これまでの人生で苦しんで来たであろう王女殿下が、せめて最期には苦しまず逝けるようにと。私なりの配慮です。

『……』

 しかし。その時にはもう王女殿下は事切れていた。
 一国の王女らしからぬ細い体は、支える力を失い自重に負けて地面に倒れてゆく。その胸部より剣を抜きながら、私は残念な気持ちで呟きました。

『もう、聞こえて無いか……せめて悔いなく、逝かせて……あげ、たかった……のに…………』

 ポタリと。王女殿下の遺体に何かが落ちる。どこかで何かに深く亀裂が走る。
 まるで先程までの王女殿下のように、突然、私の瞳から涙が溢れ出したのです。

『何で……私は、私のやるべき事をしたまで、で……』

 胸が張り裂けそうだ。ケイリオルという仮面は砕かれ、凍結していた心が融解してゆく。
 今まで封じて来た感情や記憶が一気に解き放たれる。

『私が、彼女を殺した。私が……あの人の忘れ形見を、あの人の最期の願いを踏み躙ったんだ』

 手足から力が抜け、剣を足元に落とす。それと同時に膝から崩れ落ち、自業自得の深い後悔から私は泣いていた。
 何故、どうして。こんなにも愛おしい記憶を、感情を……私は全て封じていたんだ。
 何故、どうして。今になって…………よりにもよって今ここで、これを取り戻してしまったんだ。

『───ねぇ、カ……ケイリオル。私ね、いつか愛する子供達と一緒に洗濯物を干したり、お料理を作ったり、掃除もしたり。たくさんやりたい事があるの。でも産まれてくる子達は王子や王女になる訳だから、難しいかな?』
『───じゃじゃーん! いつかこの子に着て欲しいなぁと思って、赤ちゃん用の服を編んでみたの。どう? 可愛いでしょう?』
『───ふふ。早く産まれてちょうだい、愛する私の子。それでたくさん愛させてね。お母さんに、たくさんたっくさん、あなたの事を愛させてね』
『───ねぇ、お願い■■■■。もし私がいなくなったら……子供達の事をよろしくね。絶対、絶対に幸せにしてあげてね』

 十五年前のあの日に心の奥底に押し込めた愛おしい記憶や感情が、激流のように私の脳に流れ込んでくる。
 思い出の中のあの人はずっと笑っていた。だけど、最期だけは。

『───やだなぁ……まだ、全然……何も出来てないのに。フリードルと、アミレスと……やりたい事がたくさん、あったのに…………私、なんでこんなに弱いのかなぁ……っ』

 笑顔を浮かべる気力も無かったようで、あの人は力無く泣いていた。
 それを見ていたのに。あの人の本音も視ていたのに。それなのに私は……理想像(ケイリオル)として不要だなどと勝手な大義名分を掲げ、その記憶も感情らしい感情も全てを凍結させた。

 ──自分がこれ以上苦しみたくないから、なんてくだらない理由で。

 そんなズルの代償が、この蓄積された十数年分の感情の荒波と…………僕《わたし》の存在理由の消滅なのだろう。
 アーシャとの約束を破っただけでなく、アーシャの願いも、彼女の願いも夢も何もかもを踏み躙った。台無しにした。そんな僕《わたし》に、存在価値があるなどと思えない。

『ごめん、なさい……っ、ごめん、ごめん……! 私の所為で、貴女が…………っ』

 つい数分前にこの手で殺したばかりの、まだ冷えきってはいない彼女の遺体を抱き寄せる。
 アーシャと大差ない体格に瓜二つな顔。声だってよく似ていた。本当に、性格以外の全てが何もかも生き写しのようだった悲運の少女。

 エリドル程ではないけれど、私だって彼女が産まれたばかりの時は辛かった。悲しかった。自分から感情を凍結させるぐらいには、本当に苦しかった。
 だが私は、彼女が少しでも長く生き延びられるようにこっそりと裏で手を回していた。
 ──詳しい理由は分かりませんが、とにかく彼女を生かさねばならない。そんなよく分からない使命感から、ずっと私は動いていた。
 推理小説が好きなどと言っておきながら、その謎から目を逸らし続けて生きてきた。
 これは、その罰でもあるのだろう。

『この手で殺してから、こんなにも愛おしくなるなんて……馬鹿だなぁ、(わたし)は…………』

 とめどなく溢れる涙を受け止めた顔の布は、その色を濃くしていた。

『ごめんなさい、アーシャ。ごめんなさい──……アミレス』

 初めて貴女に向けて貴女の名前を呼ぶのが、こんな時になるなんて。急速に冷えてゆく彼女の遺体を抱き締めて、僕《わたし》は涙と共に震える口で彼女の名を呼んだ。
 今なら伝えられるのに。貴女に、愛してると伝えられるのに。

『…………ハハッ、何て大馬鹿者なんだ! お前が殺した癖に、今なら愛してると言えるだって? 信じられないぐらい、紛うことなきクソ野郎じゃないか! ……あぁ、本当に馬鹿だよ、お前は──……』

 後悔のあまり、自分自身の存在が許せない程に己が情けなくなった。こんな情けない自業自得の所為で彼女を殺してしまったなんてと。そんな悔し涙と乾いた笑いまで出てきてしまう始末。

 ……例え兄弟姉妹を殺そうとも、両親を殺そうとも心は動かなかった僕が。アーシャが死んだ時以外一度も泣く事などなかった私が。
 守らなくてはならなかった存在をこの手で殺めた絶望や後悔に、まるで月に吼える獣の様に一晩中咽び泣いていた───。
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