だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

閑話 ある少女は夢を観た

 ───キンキンと耳を刺すように響く、誰かの怒鳴り声。
 それが聞こえる時、決まって体が痛くなる。最初はお腹。次は背中、その後は胸元、お尻、太もも……あちこちが痛くなる。
 そして、あたしは懇願するように何度も言葉を繰り返す。

『ごめんなさい。次はちゃんとするから。ごめんなさい』

 涙ながらに謝ると、その人は満足したように頬を緩ませ、被害者面してあたしを抱き締めた。その後の言葉はいつも同じ。

『私の方こそごめんなさい。でもこれは全て、あなたの為なのよ──■■■』

 あたしの為である事に間違いは無いのだろう。だけどそれは結局のところこの人の自己満足でしかないわけで。
 私の娘はこんなにも立派に育ったんですよ、私の教育の賜物なんです。
 そう世間に自慢し賞賛されたいが為にやっている承認欲求と自己顕示欲の成れの果てのような行為。

 『あなたの為にやっている』と言えば全てが正当化されるとでも思っていたのか……脳内お花畑の、なんちゃって真面目エリート母親な自分に酔いしれていただけの馬鹿な人。
 ああ、でも。そんな馬鹿な人の言葉を、怒りを、罰《あい》を恐れて…………あたしはずっとずっとあの人に従っていた。

 怖かった。あんな人でもあたしにとって唯一の家族だったから、もし逆らって失ってしまったらどうしようと。
 この考えに至る事さえもあの人の調教の賜物なのだろう。あたしは立派な母親の奴隷に成長した。あの人が望むように動き話し生きる、あの人の欲を満たす為の道具。
 それが、顔も名前も覚えていない、あたしだった。

 いつまでかな。二十歳になる少し前まではそれが普通と信じて疑わなかった。皆そうなのだと、誰もが親に人生を束縛されて生きているのだと思っていた。
 だけど、それは間違いだった。あの人から前もって許可を貰って立ち寄った大学近くの人でいっぱいのカフェ。
 そこで偶然にも相席する事になってしまったサラリーマンのお兄さんが、『辛気臭い顔してるな、アンタ』と失礼な事を言ってきた。

 それが、お兄さんとの出会いだった。
 このお兄さんはあたしの話を真剣に聞いてくれて、その上で『それどう考えても毒親ってやつじゃねぇか。アンタ洗脳されてんだよ、母親に』とあたしの人生を全てぶっ壊すような事を言った。

 それからというもの、あの人には『あのカフェが気に入った』と言って何度も許可を貰い、会社の昼休みにカフェに来ているというお兄さんとよく会って話すようになった。
 お兄さんと話していると、常に周りの人達の視線が凄かったんだけど、お兄さんはそれにも慣れているのか全く気にもとめず色々と話してくれた。

 まず初めに普通の家庭というものを教えてもらった。次に普通の親というものを教えてもらった。その次に普通の子供を教えてもらった。
 お兄さんは、『まぁ……俺とて普通の家庭で育った訳ではないから、こんなの俺の理想でしかないんだけどな』とため息混じりに語る。
 それでもあたしからすれば全てが不可思議だった。まるで別の世界のような話にも聞こえた。何もかもがあたしと違う。世の中の人達は、そんな風に暮らしているの?

 何もしていないのに、親から愛して貰えるの? 痛い罰《あい》じゃなくて、小説や絵本にあるような普通のなんでもない愛を、どうしてあたしは駄目であなた達だけ貰えるの?
 ずるい、ずるい。どうしてあたしは……皆が当たり前にやっている事や享受している全てを、ただ親指を噛んで羨ましがらなければならないの?

『あたしだって……普通になりたい。普通の人として、普通に恋をして、普通に愛されたい。どうしてあたしは普通じゃないの…………?』

 膝の上で握り拳を作り、震わせていると。

『愛されたいねぇ……ふむ、なぁアンタ、ゲームとかってやる?』
『え? ゲーム、はほとんどやった事ない。お母さんが、ゲームなんて人にとって有害だって、やらせてくれなくて』
『うわぁ……他所の家の事に口出しするのもあれだが、マジで聞けば聞く程典型的な毒親だな』
『それで、どうして急にそんな事を?』
『ああそうだ、本題に入るぞ。アンタ──恋愛ゲームとか興味あるか?』
『……恋愛、ゲーム?』

 ニヤリ、とお兄さんは笑った。

『恋愛ゲームと言っても、女性向け恋愛シミュレーションではなく恋愛ADVの方。つまりは乙女ゲームってヤツだ。乙女ゲームってのはその性質上基本的に逆ハーだからな、大勢の男から愛される……なんて疑似体験が出来ない事もない』
『!』

 その乙女ゲームとやらの事はよく分からないけれど、お兄さんの最後の言葉──大勢の男から愛される疑似体験というものに、あたしは強く反応していた。
 性別はこの際関係ない。誰かから……たくさんの人から愛して貰えるというだけで、あたしが興味惹かれるには十分だった。

『その様子だと興味はあるみたいだな。よし、アンタどんな男が好みなんだ、何でもいいから言え』
『えっと……好み……? 絵本の王子様みたいな人……とか?』
『王子かよし来た任せろ!!』

 途端にやる気に満ちた顔つきになり、ガタッと勢いよく立ち上がったお兄さんは店中から注目を浴び、少し恥ずかしそうに視線を泳がせて着席した。
 しかし程なくして鞄の中を漁り、謎の箱とゲーム機らしきものを取りだしたのだ。お兄さんはその箱から小さな冊子を出して、ペラペラと捲る。
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