だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
『ッ! 何するのよ!!』
『そりゃ目の前で虐待が行われてたら止めるでしょう』
『人の娘誑かして唆した犯罪者が何を偉そうに……っ、そもそもこれは虐待なんかではなく、教育よ! 人の家の教育方針に口出すなんて、どれだけ非常識な人なの?!』
……叩かれない? 不思議に思ったあたしは、ぎゅっと瞑った目を開けてお母さんの方を見上げた。
するとそこでは、お兄さんがお母さんの腕を掴んで止めているような状況になっていた。
『はいはい非常識で結構。生憎とまともな家庭出身とは言い難い人生送って来たので、常識とか分からないんだよな。そんな非常識な俺から言わせて貰いますけど。アンタ、子育てマジで向いてねぇよ』
『なっ……!!』
お母さんの顔が怒りで真っ赤になる。
『余所者に何が分かるってい言うのよ! ほら■■■!! お母さんと来なさい! こんな男と一緒にいた事も、嘘をついて私を騙していた事も後で全てきっちりお仕置してあげるわ』
『……っ!?』
お母さんに強く手首を掴まれて、腕に痛みが走る。
何度も何度もお兄さんとイメージトレーニングをした筈なのに。あたしは声も出ず、一歩も動けなかった。
お兄さんの制止の声も無視して、お母さんは一歩も動けないあたしを引き摺って歩き出す。
お兄さんの言う通り、あたしはお母さんに洗脳されていたんだ。いざと言う時に逆らえなくなるような、そんな根深い洗脳を。
……せっかく、お兄さんがあたしなんかの為にたくさん協力してくれたのに。
あたしは……結局、お母さんから逃げられないの?
『──おい、■■■! 自由になるんじゃなかったのか!』
初めてだった。初めて、お兄さんがあたしの名前を呼んでくれた。イメージトレーニングの時でさえ呼んでくれなかった、あたしの名前。
その声にあたしの意識は再び活力を取り戻した。ここまで付き合ってくれたお兄さんの為にも、ちゃんとやらないと。
奥歯をかみ締めて、必死に腕に力を集める。
『あたし、は……っ!』
『■■■? あなた、まさか私に逆らおうとしてるの!?』
『──自由に、なりたいのっっ!!』
その一度だけのチャンスに全てを賭けた。勢いよく振り払われたお母さんの手。
あたし……やったんだ。お母さんから逃げられるんだ。
そんな喜びから、自然と頬は緩む。しかし、勢いよくお母さんの手を振り払った反動か、あたしは体のバランスを崩して数歩後退り、倒れそうになる。
『■■■!?』
『ッおい!』
やったよ、お兄さん。あたし、ちゃんと出来たよ!
あたしの方に向かって必死な顔で走ってくるお兄さん。辺りに響く、 聞き慣れないクラクションのような音。
どうしたんだろう。そう、思った時には。
──あたしの意識は、そこで潰えた。
♢♢
それはまるで、彼女の中に間借りしている少女の思い出のようなものだった。
醜く、憐憫を覚えるような悲惨な思い出。だけどその最期は……それまでの人生と比べたら随分と短い最期の年だけは。
その少女にとって、間違いなく人生で最も輝かしく色鮮やかな思い出となっていたのだ。
「──そっか。あなたの渇愛は、こういう事だったのね」
何も無い暗い淀みのような空間で。
美しい金髪に、青空のような碧眼を持つ美しい少女は呟いた。
(今までずっと、漠然としたあの子の感情ぐらいしか感じられなかったのに……どうして急に、記憶を観る事が出来たのかしら)
突然の出来事だった。いつも通り、意識の表層にいる少女に身を任せ、彼女は意識の深層で眠っていた。
しかし突如として、滝のような少女のかつての記憶が、まるで白昼夢のように深層に降り注ぐ。これまでずっと世界そのものの意思で堰き止められていたダムが、ほんの少しの間だけ放水されたかのような。
それに彼女は戸惑いつつも、少女でさえも忘れてしまった前世《かつて》の記憶を、彼女は少しずつ観てゆく事にした。
そして知ったのだ。あの我儘で自由気ままな少女の、渇愛の原因たるものを。
(渇愛は、あの母親。あの子の気性は──……きっと、思い出のお兄さんの言う通りにしたからなんだわ)
我儘に自由に生きろ。そう、少女の思い出の中の男は言っていた。
少女自身は、この世界に関する記憶と漠然とした『親』と『罰』に対する恐怖だけを覚えて彼女に混ざり込んだ。
それ以外の事──、自分自身の顔や名前、親しかった人や様々な人にまつわる記憶などは全て忘れていた。だけど少女自身には、転生してもなお……記憶を失ってもなお消せないような強い思いがあった。
我儘に、自由に生きたい。誰かに愛されたい。痛くない普通の愛が欲しい。
その夢が彼女と共鳴して、彼女に受け入れられるに至ったのだろう。
(……いいよ。もう少し、あなたの気が済むまで私の体を貸してあげる。だからどうか…………今度こそ、あなたの望みを叶えて)
そして、と彼女は言紡ぐ。
「あなたの役目を思い出して、皆を守ってね──……私」
心優しき神々の愛し子は、己に与えられた役割を理解し、もう一人の自分に託した。
その表情は……慈しみと心残りに染まっていた。
『そりゃ目の前で虐待が行われてたら止めるでしょう』
『人の娘誑かして唆した犯罪者が何を偉そうに……っ、そもそもこれは虐待なんかではなく、教育よ! 人の家の教育方針に口出すなんて、どれだけ非常識な人なの?!』
……叩かれない? 不思議に思ったあたしは、ぎゅっと瞑った目を開けてお母さんの方を見上げた。
するとそこでは、お兄さんがお母さんの腕を掴んで止めているような状況になっていた。
『はいはい非常識で結構。生憎とまともな家庭出身とは言い難い人生送って来たので、常識とか分からないんだよな。そんな非常識な俺から言わせて貰いますけど。アンタ、子育てマジで向いてねぇよ』
『なっ……!!』
お母さんの顔が怒りで真っ赤になる。
『余所者に何が分かるってい言うのよ! ほら■■■!! お母さんと来なさい! こんな男と一緒にいた事も、嘘をついて私を騙していた事も後で全てきっちりお仕置してあげるわ』
『……っ!?』
お母さんに強く手首を掴まれて、腕に痛みが走る。
何度も何度もお兄さんとイメージトレーニングをした筈なのに。あたしは声も出ず、一歩も動けなかった。
お兄さんの制止の声も無視して、お母さんは一歩も動けないあたしを引き摺って歩き出す。
お兄さんの言う通り、あたしはお母さんに洗脳されていたんだ。いざと言う時に逆らえなくなるような、そんな根深い洗脳を。
……せっかく、お兄さんがあたしなんかの為にたくさん協力してくれたのに。
あたしは……結局、お母さんから逃げられないの?
『──おい、■■■! 自由になるんじゃなかったのか!』
初めてだった。初めて、お兄さんがあたしの名前を呼んでくれた。イメージトレーニングの時でさえ呼んでくれなかった、あたしの名前。
その声にあたしの意識は再び活力を取り戻した。ここまで付き合ってくれたお兄さんの為にも、ちゃんとやらないと。
奥歯をかみ締めて、必死に腕に力を集める。
『あたし、は……っ!』
『■■■? あなた、まさか私に逆らおうとしてるの!?』
『──自由に、なりたいのっっ!!』
その一度だけのチャンスに全てを賭けた。勢いよく振り払われたお母さんの手。
あたし……やったんだ。お母さんから逃げられるんだ。
そんな喜びから、自然と頬は緩む。しかし、勢いよくお母さんの手を振り払った反動か、あたしは体のバランスを崩して数歩後退り、倒れそうになる。
『■■■!?』
『ッおい!』
やったよ、お兄さん。あたし、ちゃんと出来たよ!
あたしの方に向かって必死な顔で走ってくるお兄さん。辺りに響く、 聞き慣れないクラクションのような音。
どうしたんだろう。そう、思った時には。
──あたしの意識は、そこで潰えた。
♢♢
それはまるで、彼女の中に間借りしている少女の思い出のようなものだった。
醜く、憐憫を覚えるような悲惨な思い出。だけどその最期は……それまでの人生と比べたら随分と短い最期の年だけは。
その少女にとって、間違いなく人生で最も輝かしく色鮮やかな思い出となっていたのだ。
「──そっか。あなたの渇愛は、こういう事だったのね」
何も無い暗い淀みのような空間で。
美しい金髪に、青空のような碧眼を持つ美しい少女は呟いた。
(今までずっと、漠然としたあの子の感情ぐらいしか感じられなかったのに……どうして急に、記憶を観る事が出来たのかしら)
突然の出来事だった。いつも通り、意識の表層にいる少女に身を任せ、彼女は意識の深層で眠っていた。
しかし突如として、滝のような少女のかつての記憶が、まるで白昼夢のように深層に降り注ぐ。これまでずっと世界そのものの意思で堰き止められていたダムが、ほんの少しの間だけ放水されたかのような。
それに彼女は戸惑いつつも、少女でさえも忘れてしまった前世《かつて》の記憶を、彼女は少しずつ観てゆく事にした。
そして知ったのだ。あの我儘で自由気ままな少女の、渇愛の原因たるものを。
(渇愛は、あの母親。あの子の気性は──……きっと、思い出のお兄さんの言う通りにしたからなんだわ)
我儘に自由に生きろ。そう、少女の思い出の中の男は言っていた。
少女自身は、この世界に関する記憶と漠然とした『親』と『罰』に対する恐怖だけを覚えて彼女に混ざり込んだ。
それ以外の事──、自分自身の顔や名前、親しかった人や様々な人にまつわる記憶などは全て忘れていた。だけど少女自身には、転生してもなお……記憶を失ってもなお消せないような強い思いがあった。
我儘に、自由に生きたい。誰かに愛されたい。痛くない普通の愛が欲しい。
その夢が彼女と共鳴して、彼女に受け入れられるに至ったのだろう。
(……いいよ。もう少し、あなたの気が済むまで私の体を貸してあげる。だからどうか…………今度こそ、あなたの望みを叶えて)
そして、と彼女は言紡ぐ。
「あなたの役目を思い出して、皆を守ってね──……私」
心優しき神々の愛し子は、己に与えられた役割を理解し、もう一人の自分に託した。
その表情は……慈しみと心残りに染まっていた。