だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「では陛下。早速フリードル殿下にも話を聞きましょうか」
「そうだな」
(話……?)

 フリードルが頭に疑問符を浮かべていると、ケイリオルは一通の書信をフリードルに手渡した。そして、「どうぞご覧下さい」と一言。
 その書信には見慣れぬ紋章──、珍しい封がされていた。それを見て、フリードルの瞳に僅かな驚きが宿る。

(テンディジェル家の封蝋……?!)

 花を守るように剣と盾が交差する紋章。それはテンディジェル家の家紋であった。
 それが使われた書信など、王城と言えどもまず滅多に届かない。それがこうして、何かの返信だとかそういう訳でもなく、突如として届けられたのだ。
 それに気づいたフリードルは固唾を呑んで書信を取り出してパッと開いた。そしてその文面に目を落とし、何度か瞬きをして、

「──新たな大公の即位式?」

 ボソリと言葉を零れさせた。

「はい。ずっと隠居したいと言っていた現大公が、ようやく弟さんにその座を譲る事が出来る事になったらしくて。来年の一月の終わり頃に、即位式を行う旨の報告ですね」

 現大公と次期大公それぞれの姿絵を両手に持ち、ケイリオルが軽く補足する。
 そこに、エリドルが更に付け加えた。

「お前も知っているとは思うが、テンディジェルはシャンパージュ以上に特殊な家門だ。有力家門の中で唯一、叙爵式の代わりとなる即位式を領地で行う。そしてその即位式には爵位の継承を認め保証する為に皇族が最低一人、参加する必要がある」
「勿論存じております。もしや、今回の呼び出しは……」
「察しが良いな。無論、私は即位式など虫の羽程も興味無い。ならば名代としてお前かあの女に行かせればよいと、ケイリオルが進言してきたのでな。こうしてお前の話も聞く事にしたという訳だ」

 名代、とフリードルは不安を覚える。
 皇帝の名代となるとその責任は重大。それを自分かあの女(アミレス)に任せるなんて。そう、フリードルはまた息を呑む。その頬には薄らと冷や汗が。

「……来年の一月となると、僕はクサキヌアの学者との交流があるのでディジェル領に向かう事は出来ません。父上のご期待に添えず、申し訳ございません」

 おずおずとフリードルが予定がある事を伝えると、

「ああ、確かにそのような予定がありましたね。ではフリードル殿下も無理と……」
「何だと? ならば、あの女に行かせるしかないのか」

 ケイリオルとエリドルが困ったようにため息を漏らした。
 しかしケイリオルはあっという間に切り替えて、話を進めようとする。

「……まぁ、彼女ならばきっと上手く成し遂げてくれる事でしょう。即位式には陛下の名代として王女殿下を向かわせる方向で返事をしても宜しいですか?」
「そうしろ。フリードルはディジェル領の件は気にせず、学者との交流に専念せよ。良いな」
「はい、分かりました」

 エリドルの許可も降りたので、ケイリオルは早速返事の作成に取り掛かった。
 話が終わったのでフリードルも自分の執務室に戻り、エリドルは己の執務室にて一人になった。しん、と湖面のように静まり返る部屋で、彼は椅子に背を預けて天井を仰ぐ。

(……ケイリオルめ。あの女に肩入れし過ぎではないか? お前は私の側近だろう、一体何故、あの女にそこまでするんだ)

 ケイリオルのように心を視る事は出来ずとも。エリドルはこれまで培って来た彼との絆でそれを見抜いていた。
 しかしそれを咎める事はなく、己の中に疑問として残し続けていた。
 エリドルはケイリオルを失う事を恐れている。だからケイリオルだけは咎めない。ケイリオルだけは、疑わないのだ。
 ずっと……十三年前から過去に囚われているエリドルには知る由もなかった。
 不変だと思っていた彼等の絆が、その信頼関係が、形を変えて歪んでしまったという事を。


♢♢


「アミレス様〜っ! お久しぶりです!」
「久しぶり、メイシア。と言っても数週間ぶりだけどね」

 ケイリオルさんの手伝いを終えた午後。なんと予定よりも早く、メイシアが久々に東宮にやって来た。
 正面玄関までお出迎えに行ったところ、メイシアが小走りで私に飛びついて来たので、それを受け止めて頭を撫でる。
 メイシアがあまりにも優秀な子だからついつい忘れてしまうのだけど、この子もまだまだ子供なのよね。頭を撫でてあげると猫のように顔を蕩けさせる姿が本当に可愛いわ。

「最近不足気味だったアミレス様成分も補えましたので、本題に移りますね。ご依頼の品が完成しましたのでお持ちしました!」

 私から離れて、メイシアは連れの使用人に馬車から荷物を持って来るよう指示した。
 おぉっ、ついに! と実物を見る前から私の心はドキドキワクワクと高鳴る。
 そこで侍女の一人が「客間を用意してありますので」と言って移動するように促して来た。玄関で立ち話というのも確かにアレだし、ここは侍女の言葉に甘えようと、メイシアと共に客間を目指す。

 客間で腰を下ろして待つ事数分。イリオーデはマクベスタと共に師匠にしごいて貰っているので今は傍におらず、私は今、メイシアと二人きりの時間を過ごしていた。
 そこに、布が掛けられたトルソーと大きめの袋を持ち、メイシアの使用人が遅れてやって来た。そして、ついに完成品のお披露目となったのだ。
< 971 / 1,368 >

この作品をシェア

pagetop