とあるヒロインと悪役令嬢の顛末〜悪役令嬢side
ミクを救おうと決意した2日後、意外な人物の訪問を受けた。
エドウィン様の側近であり、ナナの婚約者であった、アルバート様だ。
先触れもなく来られたので、私は不在。
ベルが対応してくれた。
学校の研究室にいた私は、知らせを受けて飛んで帰った。
ミクの消息に関わる話かと思ったのだ。
「マーガレット嬢、お久しぶりです」
美しいボウ・アンド・スクレープは、昔のまま。
——でも、酷い痩せ方。
病的な目の下の隈と顔色。
私の知るアルバート様とは、大分かけ離れた男性が、そこにいた。
驚きで一瞬固まった私に、彼は苦笑を向けた。
「だいぶ形が変わったので、驚かれたことでしょう。
突然で申し訳ないが、話を聞いていただけないだろうか」
先程の礼よりさらに深く、彼は頭を下げた。
私は慌ててソファを指し示す。
「頭をお上げになって、かけて下さい。
そんな事されなくても、お話は伺いますわ」
軽く頭を下げて、アルバート様はソファに腰を落とした。
ベルの同席をお願いして了承を得ると、私たちは対面に座る。
同時に、侍女がお茶を運んで来た。
お茶に口をつけて乾いた口を潤すと、アルバート様は私の眸を真っ直ぐ見つめた。
「既にお耳に入っていると思いますが、8ヶ月程前から、聖女ミク様が行方不明になっております」
「存じ上げておりますわ。
ワルター王子から問い合わせがありましたの」
少し、声に棘があったかも知れない。
アルバート様は、苦笑を浮かべた。
「どうか、失礼をお許しいただきたい。
直接マーガレット嬢やご一緒の令嬢方にお話するには、私どものした事は、あまりにも酷い。
——協力をいただく資格すらないと、エドウィン様が仰せでした」
「左様でございましたか…..」
私の知るエドウィン様らしい台詞だ。
責任感が強く、誇り高い。
『魅了』は解けたのだろう。
確信を持ってそう思う。
きっと、他の攻略対象者の皆様も。
「それで、義妹は見つかりましたのかしら?」
小首を傾げて問うと、アルバート様は首を横に振った。
「いえ……見つかっていません。
と申しますか、積極的に探していないのです」
「えっ!それはどういう……」
「聖女のなんらかの能力で、我々の意思や感情が捻じ曲げられていた事が分かっています。
精神に作用する何らかの能力は、危険であると行政府で判断されました。
もし見つかった場合、対処法が見つかるまでは、聖女は神殿で軟禁される事になっております」
——何ですって…?
私は、身体が震えるのを感じた。
恐らくこれは———怒り。
理不尽かもしれない。心を捻じ曲げられた彼らは、確かに被害者だ。
でも、あの子自身の魅力に、貴方達は少しも心を動かされなかったというの?
——私には、そうは見えない。
貴方達はあの時、ミクを『愛していた』。
だから、私は…私たちは……。
私は、止められず口を開いた。
「スタンピードでは命をかけて助けてもらったのに?軟禁ですか?
意思や感情を捻じ曲げられていたと言われましたが、あなた方の意思が弱かった可能性もあるのですよ?
それをまだ何も分かってないのに、全てミクのせいにするの…?
貴方方は責任を取らないの?
…あんまりだわ‼︎」
ぶるぶる震える私の肩を、ベルがそっと抱いてくれた。
宥めるように、腕を摩ってくれる。
それで、漸く落ち着いた。
「気分を悪くされたのなら、申し訳ない。私の言い方が悪かったですね。
聖女の功績は忘れた訳ではないのです。
犯罪者のように、捕まえておく訳でもない。
暫く神殿から出ずに、能力のコントロールを覚えていただく、といった形になると思われます。
でも、それでも行動は制限されるので、自分から出ていった聖女様には、見つからない方が良いかも知れないと言うことで、探していないのです」
「——成る程。失礼いたしましたわ。
取り乱して申し訳ございません」
一理あるから一応頭は下げるが、アンタがミクにデレデレしてたのは忘れてないぞ。
でも——だからこそ、貴方はそんなに痩せているのね。
後悔と、罪悪感。
そして…イェーナを失った苦しみ。
「……貴方は、『意思が捻じ曲げられた』間の記憶は、ありますか……?」
ふと思いついて、聞いてみた。
彼の表情は、酷い苦痛に歪んだ。
「……はい。覚えて、おります」
絞り出すような声。
色んな感情がこもったそれに、返す言葉を失う。
黙っていると、彼はまた頭を下げて、言葉を続けた。
「今日は私個人の意思でこちらに参りました。
———どうか、助けていただきたい。
このままでは、エドウィン様は死んでしまう。
どうか、マーガレット嬢。
エドウィン様と、会っていただけないだろうか…?」
私は一瞬、声を失った。
去る前の頃は、私を遠ざけ、ミクを側に置いていたエドウィン様を思い出す。
「……私が出来ることは何もないと思われますが……」
やっとの事で、声を出す。
すると、アルバート様は激しく首を横に振った。
「いいえ!いいえ‼︎
貴女でないと、エドウィン様は助けられない。
もう貴女しか居ないんです‼︎」
いつも冷静沈着なアルバート様から考えられない、激しい訴えに、私は頷く以外無かった———