とあるヒロインと悪役令嬢の顛末〜悪役令嬢side
ダンジョンに入って3日目。
8階層までは準備探索の経験とマッピングもあって2日で行けたけど、その後は少し苦戦していた。
9階層では、『日本』で読んだ神話のセイレーンのような、音を使って幻覚を見せるタイプの魔獣がいた。
私とアダムくんには何か…讃美歌のような歌が聴こえていたが、段々とその音?声?が大きくなってくると、急にグスタフさんとシュタイナーさん、アリスさんが首を押さえて苦しみ出した。
首や、頭の横から何かを外すような仕草。
あっこれ、まさにセイレーンじゃない?と思った私は、3人の耳元に、風の障壁を作った。
とりあえず、音波を遮ろうと思ったからだ。
鼓膜を破ったりしないよう、慎重に。
魔道具造りの繊細な魔力操作が役に立って、風の障壁作戦は大成功。
「助かったわ、お嬢。頭を水のボールに包まれて、溺れ死ぬところだった」
アリスさんが、咳き込みながら言った。
どうやら3人とも同じものを見たらしい。
「いや、水の感触もあった。
目だけじゃなくて肌感覚も乗っ取られるのか、凄いな」
「うわー、ぜってぇ体験したくねぇ」
アダムくんが身震いした。
「それにしても、風の障壁とはよく考えましたね、お嬢」
シュタイナーさんが息を整えつつ言うと、アリスさんが被せて声をあげた。
「そうよ、そんな防御方法初めて見たわ。何の魔導書に書いてあったの?——まさか、自分で考えた?」
私は、笑って誤魔化す。
まさか前世の学校で音について学んだとは言えない。授業では聞き流してたけど、役に立ったな。うん、勉強大事。
次の日にトライした10階層は、亡くなった近しい人が「こっちに来い」と呼んだそう。でも、流石に選ばれた冒険者、身体の自由を奪われることなく耐えてくれていた間に、わかりやすく花の香りがしていたので、風魔法で吹き飛ばす。
そのタイミングで、アダムくんがその香りの素の魔樹たちを切り裂く。
この幻覚は、アダムくんにもボンヤリ見えたそう。アダムくん、鼻がきくからかな?
でもボンヤリだから誰かは分からなくて、容赦なく切れたと言っていた。
私はその香りが前世の毒ガスのイメージだったので、とにかくそれを吹き飛ばすことに集中していた。
そのおかげで幻覚を見ていた3人はすぐ自覚して、耐えることができたと言っていた。
でも3人とも動くことはできなかったから、アダムくんがさっさと倒してくれて助かった。
そこでも、グスタフさんに何故的確に対応できたか聞かれた。
毒ガスって言っても分からないだろうしなぁ。
「——香りに幻覚を見せる効果があるんだと思って…」
苦し紛れに、そう言うしか無かった。
一応納得してくれたみたい。
香りに対する対策について、冒険者達で話し合ってる。これからも似たことがあるかも知れないしね。
アダムくん、鼻をつまんでも結局は口呼吸で取り込むわけだから、意味はないよ!
私がそれを指摘して、結局吹き飛ばすしか無いという結論に落ち着いた。
そしてしばらく探索すると、下への階段が見つかって、続けて11階層へチャレンジすることになった。
11階層は、自分が罪悪感を抱いていた人が出てきたみたい。見た3人ともが、「悪かった」「ごめん」という言葉を呟いた。
これは、私とアダムくんが原因を探っているうちに、それぞれが幻覚から覚めた。
幻覚を打ち破ったみたいだけど、3人の表情を見てると、内容を詳しく聞くことは憚られた。
グスタフさんは、顔色悪くもしゃんと立っているが、シュタイナーさんとアリスさんはぐったりと座っている。
アリスさんなんか、「もう無理、絶対無理」という言葉を、ひたすら繰り返している。大丈夫…じゃなさそう。
———やはり、おかしい。
冒険者の皆に比べて。
私に、精神攻撃が効かなすぎる。