雨乞いの町
琴音が目を覚ますと、辺りはもう明るかった。
「真太郎さま…?」
まだはっきりしない視界の中で男の姿を探す。

「あの方は、明るくなる前に帰られました。雨が小降りになってきましたので。」
部屋の隅に雪乃が座っている。
「琴音さんがよく眠っていらっしゃったので、起こさなくていいと言われまして…。」

「…そう。」
琴音はゆっくりと体を起こした。
まだ男のぬくもりが残っているような気がして、指で布団を撫でた。

「何か食べるものをお持ちしましょうか?昨日の夜も何も召し上がっていませんよね。」
雪乃が立ち上がろうとした時、襖が開いた。

「失礼しますよ。」
そう言って入ってきたのは、女将のキヨだった。

「琴音、昨日もよくやったね。」
キヨは、琴音の前に座った。

「真太郎さまは、また大層な金額を置いていかれたよ。半年も贅沢な暮らしができるほどさ。あの方のおかげで、うちはこの町で一番の宿になれた。」
クックッと笑う。
「いいかい、琴音。絶対に真太郎さまを離すんじゃないよ。どんなことを言われても、されても、我慢するんだ。皆の生活がかかってるんだからね。」

それだけ言うと、キヨは腰を上げた。
「雪乃、早く飯の準備をしてやりな。」
「あ、はい。」

キヨが部屋を出るなり、雪乃は襖を閉めた。
「女将さんは何を言っているのでしょう。何を言われても、されてもって…。」

「そういう方もいらっしゃるということよ。」
何かを思い出したのか、琴音はふっと寂しそうに笑った。
「真太郎さまは、そういう方ではないわ。私のことをとても大事にしてくださるもの。」

「それはもう、もちろんです。」
雪乃がこっくりと頷く。

朝日が窓から差し込んできた。

「今日は雨は降らないのかしら。」
琴音は窓の外を見つめた。
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