雨乞いの町
「結城屋の琴音が向こうの世界に嫁ぐらしい」という噂は、あっという間に広まった。
町中が、まるで祭りのような騒ぎになった。

「お前のおかげでこの結城屋は安泰だよ。真太郎さまは、これからもうちに援助を続けてくださると約束されたんだ。なんて懐の広いお方なんだろう。」
と、女将のキヨは大喜びである。

皆の喜びをよそに、琴音はただ静かにその時を待っていた。

四日経ち、雨が降った。

しかしどういうわけか、船が来ない。

「どうしたのでしょう。あんなに大きな川ができているのに。こんなことは初めてですね。」
雪乃が窓の外を見ながら、首を傾げる。

「向こうの世界で何かあったのかしら。真太郎さまが無事だと良いのだけれど…。」
琴音も雨の向こう側を見つめた。

十日経ち、半月が過ぎた。
その間に何度か雨が降ったが、一度も船は来なかった。

町中が、徐々に不穏な空気に包まれていく。
船が来ないということは、男どころか、生活に必要な品も届かないということだ。

もしこのまま船が来なければ…

そんな恐ろしい考えが人々を襲う。

「この町はどうなってしまうのでしょう。」
船が来なくなってひと月経った頃、雪乃はいつものように琴音の髪の手入れをしていた。

窓の外は雨が降っているが、下の通りは静けさに包まれている。
灯りもなく、真っ暗だ。
以前は雨が降る度に、人々の笑い声が溢れていたというのに。

「真太郎さまは…もう来られないのでしょうか。」
雪乃が今にも泣き出しそうな声で言うと、琴音は大きく頭を振った。

「真太郎さまは来るわ。約束を破るような方ではないもの。」
そう強く言って、遠くに広がる黒い大きな川を見た。

きっともうすぐあの川の向こうから、賑やかな太鼓や笛の音とともに、真太郎さまがやって来る。

だって迎えに来ると仰っていたわ。

雨が降ったら、迎えに来ると…。
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