真夏の夜の夢子ちゃん
「家、どこ?送るよ。」
洸平が尋ねると、女の子は外の、さらに暗闇の向こうを指さした。

「あっち…。」
女の子が指さしたのは祖父の家がある地域とは反対の、山の中へと向かう道。

「…あっち?」
洸平はバス停から少し顔を出した。暗闇の中へと続いていくその道は、まるで異世界の入り口のようだ。

…あの山の中に人が住む家なんてあったかな。

確か曲がりくねった山道の先にはキャンプ場があったはず。一度だけ家族で行ったことがあるが、その途中には古びた作業小屋のような建物や、墓地くらいしかなかったような…。

うーん、と首を傾げながら振り返ると、女の子は腰をかがめて自分の足元を見ている。

「どうしたの?」
洸平もしゃがんで足元を見ると、どうやら履いている下駄の鼻緒で親指と人差し指の間が擦れてしまったらしい。
真っ赤になって皮がむけそうになっている。

「うわ…痛い?」
洸平が尋ねると、女の子は無言で頷いた。
ここでポケットから絆創膏でも出せたら格好よかったのだが、あいにく持ち合わせていない。

洸平は自分の履いているスニーカーを脱いで女の子の前に揃えて置いた。
「これ、よかったら履いて。男の靴なんて嫌かもしれないけど…それじゃ歩けないでしょ。」
「…でも…。」
女の子は、洸平の靴下だけになった足元を見た。
「俺は大丈夫。どうせ濡れるんだし、靴下でも歩けるよ。」

こういう時、映画やドラマだと男の子が女の子をおんぶしてあげたりするのだろう。

でもおんぶするってことは、自分の首に女の子の手が巻き付いて、背中にはその体が密着して、さらに彼女の足には自分の腕を絡ませなければいけなくなる。
そんなことをしたら、心臓が爆発してしまうかもしれない。

だって今、この子をおんぶしているところを想像するだけで心臓は早くなってくるし、なぜか下半身も反応しかけているのだから。
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