彼はB専?!
「ウスイサチは今日も残業だ。はあ~。」



カタカタカタ・・・・。

広いオフィスにパソコンキーを打ち鳴らす音が響く。

タイピングする指を止めずに、私は壁に掛けられた時計の針を仰ぎ見る。

そろそろ終業時間が迫ってきているからか、オフィス内では雑談をする職員達がちらほら現れる。

でも私は雑談の輪になんて入らない。

いや、入れないというのが正しいけど。



私の職場は、とある公的機関の都内にある事務所。

区民の方の大切な老後のためのお金や書類を取り扱う役所だ。

過去にずさんな事務処理体制が問題となり、世間の風当たりがものすごく強かった時期もあったけれど、今は新しい組織体制に変わり、幾分落ち着いている。

お客様はお年寄りが多く、私が勤めている事務所は住民が多い区なので、特に相談窓口は連日混み合っている。

お年寄り相手にかみ合わない会話を、必死に分かり易く説明しなければならない相談窓口担当者のストレスは半端ないことだろう。



今日も相談窓口では、こんな言葉が飛び交っている。

「まだお金が入金されてないけど、どうなっているんだい?」

「だからですね、入金は偶数月の15日なんですよ。」

「私のもらえる金額はこれっぽっちなの?!おかしくない?」

「それはお客様の職歴をはっきりさせて頂かないとですね・・・他の番号の手帳、お持ちではないですか?」

「保険料が高すぎてとても払えません。」

「でしたら申請免除という方法もありますよ。受け取る金額は3分の1になってしまいますが。」

「どうせ俺達が金をもらえる頃には、この制度はなくなってるか、寿命が終わってるんだろ?」

「安心してください。この制度がなくなるときは、この国が亡びるときですから。」



そこで私は職員の出張費用や経費の精算などを計算する、庶務課会計係を担当している。

人間、お金にはシビアだから、一円の間違いだって許されはしない。

日々、緊張しながらパソコンと向き合う毎日だ。

カタカタカタ・・・・。

うん。集中力が高まってきた。

この調子でいけば、定時で事務所を上がれそう。

カタカタカタ・・・カチャ。

ふう。やっと終わった。



「臼井さん。ちょっといい?」

やれやれと両手を高く伸ばしかけたその時、突如自分の名前を呼ばれ、恐る恐る振り向くと、庶務課の吉沢課長が眉毛を八の字にしながら、紙の束を私に手渡してきた。

「申し訳ないんだけど・・・この資料、今日中にまとめてもらえるかなあ?明日の午前中までに必要なんだよねえ。」

「・・・・・・はい。大丈夫です。」

「ほんと、すまないねえ。」

「いえ。」

すまないと思うなら、もっと早く依頼してくれればいいのにな。

そう言いたい言葉をグッと喉の奥で堪え、今受け取ったばかりの紙の束をじっとみつめたあと、はあっと小さくため息をつく。
< 1 / 32 >

この作品をシェア

pagetop