彼はB専?!
「要さんの全てが好きです」
事務所内がざわめいている。

同じフロアで働く誰もが私を遠巻きに見て、コソコソと内緒話をしている。

「あんな人、この職場にいたっけ?」

「あれ、臼井さんでしょ?だって臼井さんのデスクにいるもの。」

「どうしちゃったの?臼井さん。」

こんな声が私の耳にも聞こえてくる。

いつもは影の薄い私が、こんなに注目を集めることなんて、きっとこれが最初で最後だろう。

とたんに恥ずかしさで顔が赤くなる。

・・・でも、やらなきゃ。



いま、職場で、私は幸田ミチルの姿でいる。

幸田ミチルに臼井ちさが敵わないのなら、臼井ちさが幸田ミチルになってしまえばいい、そう思ったのだ。

私のミチル姿に気付いた和木坂課長・・・要さんが血相を変えて私のデスクまでやって来た。

「臼井さん、ちょっと。」

要さんは私に向かって小声でそう言うと、親指を外側へ向けた。

「林田係長、臼井さんをちょっと借ります。」

「お、おう・・・」

林田係長を始め、他の職員も好奇の目で私と要さんを眺めていた。

しかし要さんはそれを気にもせずに、私の腕を掴んでフロアを出ると、階段を上り、第二会議室の扉を開け、私を中へ促し部屋の鍵を掛けた。



「とりあえず、座ろうか。」

要さんは立て掛けられたパイプ椅子をふたつ開いた。

そして向かい合わせにそれを置き、私達はそれぞれの椅子に座った。

「ミチルちゃん、どういうつもり?」

要さんは腕を組むと、怒っているのか、それとも呆れているのか、無表情で私の顔をただじっとみつめた。

「やっぱり恥ずかしいですか?私の顔。」

「恥ずかしくないよ。でも周りが驚くだろ?いつもの臼井さんじゃないって・・・」

「私・・・どうしても要さんに伝えたいことがあって。」

緊張して上手く話せるかわからない。

でも・・・・・・。

私は息をスッと吸って、それから大きく吐いた。

そして要さんの瞳をまっすぐにみつめながら、声を発した。

「見ての通り、私、幸田ミチルは臼井ちさです。今まで騙してごめんなさい。」

「・・・・・・。」

「ごめんなさい、で済むことじゃないのはわかっています。でも私の本当の想いを聞いて欲しいんです。」

「・・・・・・。」

「もし幸田ミチルが臼井ちさだってことがバレたら、要さんに嫌われてしまうんじゃないかって・・・怖くて・・・自信がなくて・・・。だって私は、臼井ちさは和木坂課長のことがずっと好きだったから・・・だから例え幸田ミチルの姿でも私を好きになってもらえて嬉しかったんです。」

「・・・・・・。」

「要さんが臼井ちさではなく、幸田ミチルを好きなことはわかっています。でも私は要さんを諦めたくない。要さんを私の笑顔で幸せにしてあげたいんです。」

私はギュッと両こぶしに力を込め、要さんの顔をみつめた。

「右目だけ細める優しい笑顔の要さんが好きです。仕事に厳しい要さんが好きです。お酒に酔ってグダグダになってしまう可愛い要さんが好きです。鉄道模型の話に目を輝かせて語る要さんが好きです。少し淋しがり屋な要さんが好きです。変な嘘を付く要さんが好きです。


要さんの全てが好きです。大好きです!」

「・・・・・・。」

「私、臼井ちさは、このまま一生この姿、幸田ミチルの姿のままでいます。要さんが好きなミチルのままでいます。だから・・・」

知らぬ間に、私の頬が涙で濡れていた。

「だから・・・私を・・・もう一回ミチルを・・・好きになってくれませんか?」

「・・・ミチルちゃん・・・」

要さんは静かに椅子から立ち上がり、私の前に立った。

「それが君の本当の気持ち?」

「はい。・・・信じて欲しいです。」

要さんは少しの沈黙のあと、大きなため息をついた。

「・・・悪いけどミチルちゃんの気持ちには応えられない。」

「・・・・・・。」

「今度こそ本当にさよならだよ。ミチルちゃん。」

「・・・・はい。」

私は要さんの別れの言葉に項垂れた。

「・・・話、聞いて貰えて嬉しかったです。では」

そう言って顔を上げ、立ち上がると、泣きそうな顔の要さんが目に映った。

要さん、御免なさい。

最後まで貴方を振り回してしまったね。

こんな私を許してください。

そう思いながら背中を向けた私の腕を、要さんが強く引き寄せた。

「自分だけ言いたいこと言って、逃げるなよ。」

あっという間に私の身体は、要さんの胸にきつく抱きしめられていた。



「好きです。臼井ちさちゃん。」



「・・・・・・え」

「俺も君の全てが好きです。」

「!!」

「・・・後悔してた。一瞬でも君を手放してしまったことを。」

「それは私が・・・酷いことを・・・」

「でも君は俺の元へ帰って来てくれた。遠いところからね。」

「・・・・・・!!」

「もう二度と離さないから覚悟して。」

そう言って要さんは私を抱く手をさらに強めた。

「・・・はい。もう離れません。」

私も要さんの背中に手を回してギュッと抱きしめ、いい香りがする要さんのシャツに顔を埋めて、そうつぶやいた。


「・・・いつから知っていたんですか?ミチルが臼井ちさだってこと。」

「ん?君が俺に回してくれた決済の書類に猫の付箋が貼ってあったろ?ずっとミチルちゃんが誰かに似ていると思っていたんだけど、それが臼井さん・・・ちさちゃんだってあれで気づいた。」

「あ。あのポストイット!!」

そんなに早くからバレていたなんて、思ってもみなかった。

「そう考えたら色んなことが腑に落ちた。何故ミチルちゃんと初めて会った気がしなかったのか、どうして残業でミチルちゃんがドタキャンしたのか・・・あの日ちさちゃんも急に残業することになったって言ってたよね?」

「ハイ。」

「だからバーに誘って、色々カマかけてみた。案の定、君は色々と駄々洩れだったよ?ミチルちゃんに電話した時も、あのバーで流れているJAZZが電話の向こうから聞こえてきたし。」

「う・・・。」

「それに・・・一夜を共にした時の君は、完全に臼井ちさだったからね。コンタクトをしていなくたって、抱いている女の顔くらいわかるよ。俺はそこまでポンコツじゃない。」

「ううう・・・。」

「ミチルちゃんの時のちさちゃんはよく笑うし元気だし、職場でのちさちゃんとはまた違う魅力があって、一緒にいて楽しかった。だからちさちゃんが俺に正体を明かしてくれるまで、それに乗っかっていようと思った。ミチルちゃんさえ掴まえておけば、ちさちゃんも自動的に手に入ると思ったし。・・・でもどうしてねこんかつの時、あの姿で来たの?」

「私・・・変わりたかったんです。職場でウスイサチって呼ばれて・・・いてもいなくても同じな、影の薄い自分が嫌で、たまには元気で明るい人間に生まれ変わりたかったんです。」

「馬鹿だな。」

要さんが私の目尻に残った涙を指で拭った。

「俺は、控えめだけど周りにちゃんと気配りが出来て、いつも一生懸命に仕事をする君のままでいいと思うけど。君はそのままで十分魅力的だ。ま、必死にミチルを演じる君も可愛かったけどね。」

「そんなことを言ってくれるのは要さんだけです。」

「・・・それにしても、まさかこんな形で君に愛を伝えてもらえるとは思ってもみなかった。えーと、どんな俺が好きなんだっけ?右目を細める優しい笑顔の」

「わー!!恥ずかしいですから!!心のメモに留めてください!!」

「そう?俺、一言一句正確に記憶したけど。」

要さんはいたずらっ子のように笑ってみせた。

「さ。今のうちにその化粧を落としておいで。」

「え・・・でも、要さんは幸田ミチルのこの姿が好きなんじゃ・・・」

「ミチルちゃんとはさっきお別れしただろ?忘れちゃった?」

「あ・・・。」

「それに俺はミチルちゃんを顔で好きになったわけじゃない。ましてや君がこだわるB専てやつでもない。・・・だから君はそのままでいいんだ。」

それってそのままの臼井ちさが要さんの恋人になっていいってことだよね?

これってほんとに現実?夢じゃないよね??

私はほっぺたを思い切りつねってみた。

「痛っ!」

要さんがいつかのようにプッと噴き出して笑った。

「何してんの?」

「えっと・・・夢かもしれないと思って。」

「じゃあ夢じゃないとわからせてあげる。俺からもう一回改めて言わせてくれる?」

「ハ、ハイ。」

「臼井ちさちゃん。俺と付き合ってくれませんか?」

そう言うと要さんは私の顔を両手で引き寄せ、甘い口づけをくれた。





「バアちゃん。紹介するよ。俺の彼女、臼井ちさちゃん。」

「ご無沙汰してます。幸田ミチル改め、臼井ちさです。」

私は少しバツの悪い思いで、お辞儀をした。

「ふん。やっぱりアンタ、別嬪さんじゃないか。」

菊江さんはそう言って、私の顔を舐めまわすように見た。

「ところで要、アンタB専じゃなかったのかい?」

菊江さんの言葉に要さんはニッコリ笑って言った。

「いや、俺はC専だよ。」

「C専?」

私と菊江さんが声を揃えると、要さんは私を見て、右目を細めたあと、ウインクした。

「ちさ専門ってこと!」

足元でケンケンが「みゃおん」と鳴いた。







fin

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