彼はB専?!
あれは私が庶務課に異動したばかりで、大事なデータファイルを消してしまったと勘違いしてしまった時のこと。
最終的には大事に至らずホッとしたけれど、かなり課内を騒がせてしまい、ものすごく落ち込んでいた。
事務所の近くの小さな児童公園で、一人ぼんやりお弁当を食べていたら、突然頬に冷たいものが押し付けられた。
「ひゃっ!」
振り向くと和木坂課長が冷えた缶のミルクココアを持って、ニヤリと微笑んでいた。
「こんな所で弁当か?」
「は、はい・・・」
やはりいつものように言葉が咄嗟に出てこなくて、心臓がバクバクと音を立てていた。
和木坂課長と個人的に話すのは、その時が初めてだった。
和木坂課長を恐ろしく仕事に厳しい人だという認識しかなかったから、きっと何かお叱りを受けるのではと内心ビクビクしていた。
和木坂課長はさりげなく私の横に座ると、その甘い飲み物の缶を私に手渡した。
「え・・・?」
「ココア、飲める?」
「・・・はい。大・・・好物です。」
「そう。良かった。」
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ。どういたしまして。」
和木坂課長は、おもむろに胸ポケットから煙草の箱を取り出し、その白い巻物にジッポライターで火を付けようとして、私の方を向いた。
「今日び、どこも禁煙禁煙で喫煙者は肩身が狭いよ。・・・煙草吸っても、大丈夫な人?」
「あ、全然、大丈夫、です。」
「じゃ、遠慮なく。」
そう言って安心したように微笑むと、和木坂課長は火の点いた煙草を咥え、美味しそうに深く煙を吸い込んだ。
何か話さなきゃと内心慌てていると、和木坂課長が太陽の光を眩しそうに右手の平で遮りながら、私に話しかけた。
「臼井さん・・・だったよな?何年?」
「はい。臼井ちさです。1997年生まれです。」
すると和木坂課長はプッと噴き出した。
「???」
「俺が聞いたのは、入社何年目って意味なんだけど。」
「ああっ、スミマセン・・・ええと、2年目です。」
「そう。・・・俺ね、入社3年目の時に、やらかしちゃってさ。アポ取ってた会社に行く時間を間違えて大遅刻。我ながらあれはショックだったよ。3日は立ち直れなかった。」
「そ、そうなんですか・・・?」
和木坂課長みたいな切れ者でも、そんな経験があるんだ、と驚いた。
「その会社の担当者に散々怒鳴られ、税金泥棒だと決めつけられて。・・・あれ以来、毎朝その日の予定を何回も確認するようになった。」
「・・・・・・。」
「君のとこの課長とは同期だけど、アイツも昔はしょっちゅう上司に怒られていたんだぜ?」
「・・・そうなんですね。」
「誰しも少なからずそういった経験があるもんだ。」
私はそのエピソードを聞いて、少し胸が軽くなった。
「ま、甘い物でも飲んで、気分転換したら?」
「はいっ・・・あ、ありがとうございます!」
私はそこで何日かぶりの笑顔を取り戻した。
「それと・・・。」
「はいっ。」
「臼井さん、いつも余計な仕事を押し付けられているように見えるけど、都合が悪いときはちゃんと断われよ?」
「は、はい。」
それから二言三言何かを話したけれど、緊張しすぎていて何も覚えていない。
ただ、和木坂課長が落ち込んだ私を励ましてくれているのだけは、しっかりと伝わってきた。
それと隣の課のことなのに、全体を良くみているんだなってことも。
煙草を吸い終わったタイミングで和木坂課長が片手を挙げてその場を去るまで、私はただ顔を赤くして、和木坂課長の言葉に頷くばかりだった。
なんて温かい人なんだろう・・・そう思った。
「氷結」なんて呼ばれているけど、私みたいなモブ女子にも優しくしてくれた。
きっと事務所内にも私みたいに励まされた人間が、少なからずいるはずだ。
その日から私は和木坂課長のファンになった。
私も大概チョロい女なのだ。
今日も私は徴収課の課長席を遠目で眺めながらこう心で呟く。
(和木坂課長、本日も通常運転で恰好いい・・・眼福眼福)
最終的には大事に至らずホッとしたけれど、かなり課内を騒がせてしまい、ものすごく落ち込んでいた。
事務所の近くの小さな児童公園で、一人ぼんやりお弁当を食べていたら、突然頬に冷たいものが押し付けられた。
「ひゃっ!」
振り向くと和木坂課長が冷えた缶のミルクココアを持って、ニヤリと微笑んでいた。
「こんな所で弁当か?」
「は、はい・・・」
やはりいつものように言葉が咄嗟に出てこなくて、心臓がバクバクと音を立てていた。
和木坂課長と個人的に話すのは、その時が初めてだった。
和木坂課長を恐ろしく仕事に厳しい人だという認識しかなかったから、きっと何かお叱りを受けるのではと内心ビクビクしていた。
和木坂課長はさりげなく私の横に座ると、その甘い飲み物の缶を私に手渡した。
「え・・・?」
「ココア、飲める?」
「・・・はい。大・・・好物です。」
「そう。良かった。」
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ。どういたしまして。」
和木坂課長は、おもむろに胸ポケットから煙草の箱を取り出し、その白い巻物にジッポライターで火を付けようとして、私の方を向いた。
「今日び、どこも禁煙禁煙で喫煙者は肩身が狭いよ。・・・煙草吸っても、大丈夫な人?」
「あ、全然、大丈夫、です。」
「じゃ、遠慮なく。」
そう言って安心したように微笑むと、和木坂課長は火の点いた煙草を咥え、美味しそうに深く煙を吸い込んだ。
何か話さなきゃと内心慌てていると、和木坂課長が太陽の光を眩しそうに右手の平で遮りながら、私に話しかけた。
「臼井さん・・・だったよな?何年?」
「はい。臼井ちさです。1997年生まれです。」
すると和木坂課長はプッと噴き出した。
「???」
「俺が聞いたのは、入社何年目って意味なんだけど。」
「ああっ、スミマセン・・・ええと、2年目です。」
「そう。・・・俺ね、入社3年目の時に、やらかしちゃってさ。アポ取ってた会社に行く時間を間違えて大遅刻。我ながらあれはショックだったよ。3日は立ち直れなかった。」
「そ、そうなんですか・・・?」
和木坂課長みたいな切れ者でも、そんな経験があるんだ、と驚いた。
「その会社の担当者に散々怒鳴られ、税金泥棒だと決めつけられて。・・・あれ以来、毎朝その日の予定を何回も確認するようになった。」
「・・・・・・。」
「君のとこの課長とは同期だけど、アイツも昔はしょっちゅう上司に怒られていたんだぜ?」
「・・・そうなんですね。」
「誰しも少なからずそういった経験があるもんだ。」
私はそのエピソードを聞いて、少し胸が軽くなった。
「ま、甘い物でも飲んで、気分転換したら?」
「はいっ・・・あ、ありがとうございます!」
私はそこで何日かぶりの笑顔を取り戻した。
「それと・・・。」
「はいっ。」
「臼井さん、いつも余計な仕事を押し付けられているように見えるけど、都合が悪いときはちゃんと断われよ?」
「は、はい。」
それから二言三言何かを話したけれど、緊張しすぎていて何も覚えていない。
ただ、和木坂課長が落ち込んだ私を励ましてくれているのだけは、しっかりと伝わってきた。
それと隣の課のことなのに、全体を良くみているんだなってことも。
煙草を吸い終わったタイミングで和木坂課長が片手を挙げてその場を去るまで、私はただ顔を赤くして、和木坂課長の言葉に頷くばかりだった。
なんて温かい人なんだろう・・・そう思った。
「氷結」なんて呼ばれているけど、私みたいなモブ女子にも優しくしてくれた。
きっと事務所内にも私みたいに励まされた人間が、少なからずいるはずだ。
その日から私は和木坂課長のファンになった。
私も大概チョロい女なのだ。
今日も私は徴収課の課長席を遠目で眺めながらこう心で呟く。
(和木坂課長、本日も通常運転で恰好いい・・・眼福眼福)