大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
プロローグ
近藤詩織はうちひしがれていた。
フラフラと病院の玄関を出ていくが、誰からも呼び止められることはない。
詩織があの場から離れても、なんの問題もないということだろう。
どこへ行くのか自分でも決められないまま、最寄の駅へ向かって早朝の歩道を歩く。
吸い込む空気は冷たくて、肺の中まで凍りそうだ。いや、すでに体中が冷え切っていた。
(どうして……)
思い描いていた彼との幸せな未来は、幻だった。
(私が勘違いをしていたの? それとも、彼は遊びだったの?)
混乱した頭では、なにも答えが浮かばない。
ただ、さっきすれ違いざまに姉が言った言葉が忘れられなかった。
『ゴメンね』
あれはどういう意味だったのだろう。
彼が本当に姉の恋人だというなら、謝らなくてはいけないのは詩織の方なのに。
(それでも、彼を愛してしまったんだもの)
今頃、彼のそばには姉が付き添っているのだろう。
詩織の居場所はもうどこにもない気がした。
(これからどうしよう)
ひとりになってしまった詩織は、どこを目指せばいいのかわからないままだった。