大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
澄んだ瞳
***
眠れない夜を過ごした詩織は、いつも通りの時間に翔琉を起こした。
朝の準備をしながらもどこか集中できなくて、翔の食事はともかく自分のトーストは焦がしてしまった。
「ママ、こっち」
「しましまイヤなの?」
「これ!」
翔琉はこんな日に限って詩織が選んだソックスが気に入らないらしく、キャラクターの柄がいいとごねている。
言い聞かせる元気はなくて、すぐに履きかえさせた。
今日は町営病院に行く日だったから、保育園に翔琉を預けてから出勤して何人かの患者さんのリハビリテーションを受け持った。
中には長期間通っている人もいて、色々話しかけてくれる。
「翔琉君は元気?」
「はい。そろそろイヤイヤが始まりました」
「やんちゃそうだもんね、翔琉君」
いつも話の中心になるのは翔琉だった。
すっかり病院内でも人気者になっている。
午前の仕事が終わると、院長からの伝言で『院長室まで』とある。
詩織は急いで院長室に向かった。
「お疲れさまです」
ノックしてから院長室に入ると、中には院長と四十代くらいの男性が向かい合ってソファーに座っている。
妊娠中の詩織を温かく迎えてくれた院長は、最近ではめったに現場に出てこなくなっている。
高齢だからか副院長が実務を担当していると聞いているが、今日は珍しく顔をみせていた。
黒っぽいスーツ姿の男性はよほど大切な患者なのだろう。
「あ、来ました。理学療法士の近藤です」
「近藤詩織です」