大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
エピローグ


***


瞬と詩織は入籍した。
町の人たちから祝福を受けて別荘で暮らし始めると、楽しくも慌しい毎日になった。

翔琉を保育園に預けてから、詩織は最低限の仕事をする。
その後は瞬の治療に専念するのだ。
家事をこなしながらだが、瞬は意外に協力的で助かっている。

佐久間はすぐに東京に帰ったが、瞬はリモート中心で働きながらリハビリに集中していた。
身体の回復こそが家族で東京に帰るための第一歩だからだ。

九州とはいえ山間部の冬は厳しいが、それを過ぎて春になる頃には瞬の歩き方も普通に戻ってきていた。

「頑張ったものね」
「ああ。翔琉と走り回って遊びたいからな」

子どもを得たことで、瞬の気持ちはこれまで以上に前向きになっていた。

それに、愛情もいっそう深くなったようだ。

「あのね、瞬さん」
「なんだい?」

別荘の周りをウオーキングするのがふたりの日課だ。
早春とはいえ温かな日差しを感じる午後、別荘の庭から森の入り口までのんびりと歩く。

「もうひとり、家族が増えたら東京に帰りませんか?」
「ん?」

「翔琉がみっつになる頃、お兄ちゃんになるかも」
「え?」

立ち止まった瞬は、ポカンとしている。

「詩織、まさか!」
「赤ちゃんができたみたい。まだ産婦人科には行ってないけど」

「わお!」

雄たけびのような声で瞬が叫んだ。
嬉しさが隠せないのか、そわそわと落ち着かない表情で詩織を見つめる。

「どうしよう、抱きしめたいが大丈夫なんだろうか」
「いやだ。私は壊れたりしないわよ」

それならと、瞬がギュッと詩織を抱きしめる。

「ああ……」

これ以上の幸せがあるだろうか。
愛する人に包まれて、詩織は泣きたいほどの喜びを感じていた。

「詩織、ありがとう」
「私こそ、あなたが探し出してくれたからよ。ありがとう」


ふたりは手をつないで、ゆっくりと別荘に向かって歩き始めた。

もうすぐ本格的な春が訪れる。
この冬枯れの森にもコブシやつつじの花が咲き、様々な色で溢れるだろう。
ふたりの歩む先にも、なんだか明るい光が差し込んでいるようだった。




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