大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「わからないヤツだなあ。さっさと乗って」
いきなり腕を掴まれて、詩織はスポーツカーに乗せられてしまった。
「え? え?」
「中華は好きか? このまま横浜へ行こう」
「ちょっと待って!」
詩織はなにがなんだかわからないが、沖田瞬が迎えに来たのは自分らしい。
生まれて初めて乗るスポーツカーに緊張していたら、瞬がクスっと笑った。
「車は派手だが、俺は安全運転だよ」
「は、はい」
どうやら詩織の不安がわかったようだ。
エンジン音がして、車はスタートした。
「あの……何度も言いますが、彩絵は家ですよ。近藤家の場所はご存知ないんでしょうか?」
「なんで?」
どうしてこの人とは会話が成り立たないのだろうかと、詩織は頭が痛くなってきた。
「あの……」
「君はふだん近藤病院で働いているって、彩絵に聞いたんだ」
「姉に?」
瞬の運転は彼の言うとおり荒っぽくはなくて、詩織も徐々に落ち着いてきた。
外装は鮮やかな色だったが、中は意外にもシックで茶をベースにまとめられている。
本革が使われているのか、シートの肌触りはなめらかだった。
「リハビリが専門だって話していたから」
「あ、治療でしたか」
それならそうと最初に言って欲しいし、診療時間に来院して欲しかった。
やっと安心できてホッとひと息つくと、詩織は鼻歌まじりに運転している瞬に尋ねた。
「ケガか手術をされた方のリハビリですか?」
「う~ん。チョッと違うかな」
詩織の受け答えがおかしいのか、瞬はクスリと笑っている。