大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


「彩絵によると、きみはゴッドハンドらしいね」
「まさか!」

彩絵の試合の前後には、マッサージやストレッチをしてあげていることを聞いたのだろう。

「そんな神業じゃあありません。ごく普通のことしかできませんよ」

「ま、それは置いといて、今日は夕食に付き合ってくれ」
「私でよろしいんですか?」

本気で食事に誘っているんだとわかり、思わず詩織は確認してしまった。

(彩絵にドタキャンでもされたのだろうか)

瞬の返事がないので、姉の代わりに食事に付き合えということかと詩織は納得した。

「すみません。それではお供させてください」
「面白いな、きみは」

詩織の言葉に、とうとう瞬が声を出して笑い始めた。

「は?」

詩織は二十四の人生で、初めて『面白い』といわれた。
普段は彩絵に比べて『色気がない』『愛想がない』という評価しかされていないのだ。

「私、面白いですか?」
「ああ、俺にとっては珍しいタイプだよ」

沖田瞬の言い方は、まるで珍獣に出会ったかのようだ。
それでも詩織は不愉快にはならなかった。
瞬の表情が、パーティーで会った時の作られたような笑顔ではなくとても自然だったからだ。

それがきっかけとなって、ふたりの話は弾んだ。
車の装備や凝った内装について詩織が尋ねるが、ペーパードライバーなので基礎的なことばかりらしい。
元レーサーにはもの足りないような質問にも、瞬は丁寧に答えてくれる。
それに、瞬は意外に聞き上手だった。
詩織は家族と別に住んでいることや、スポーツリハビリテーションを専門にしたいと思っていることをつい話してしまっていた。


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