大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
小上がりとでも呼べそうな小さな座敷だった。
向き合って座るとあまりにも瞬の顔が近くて照れくさくなるほどだ。
詩織はさっきの瞬の言葉は聞き流すことにした。
「ここの小籠包が旨いんだ」
瞬の態度も変わらないから、単なる冗談だったのだろう。
ひとり真に受けて、顔を赤くしていた詩織がバカみたいだ。
「あ、大好きです!」
「じゃあ、それと……親父さんにまかせようかな」
老主人は自信ありげに頷いている。
「今日は車かい?」
「ああ、ビールはなしだ」
「ホッホホ、瞬がウーロン茶を飲む日がくるとはね~」
妙な笑い方をしながら、厨房の方へ下がっていった。
「あの、こちらも昔からご存知なんですか?」
「ああ。高校の頃はこの店を拓たちとたまり場にしてたからな」
「中華料理店をたまり場?」
「まさか! バイトさせてもらったりラーメン食べさせてもらってたんだ」
瞬の答えは詩織の想像を超えていた。思った以上にわんぱくな子供時代を過ごしていたのかもしれない。
華々しくレーサーとして活躍する前は、この辺りでヤンチャをしていたのだろう。
「だから、ここの親父さんには頭が上がらないんだ」
瞬のクチャっとした笑顔が眩しい。
パーティーでのとりすましたよそゆきの微笑みよりも、今の方が何倍もステキだった。
(いけない! この人は彩絵の恋人だった)
ステキだなんて思っても虚しいだけだ。瞬のそばに立つのは彩絵なのだから。
今日の自分は、彩絵のピンチヒッターだと詩織は自分に言いきかせた。