大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


瞬はエンジニアとして車の設計に関わりたい希望があるが、実際は営業や広報の仕事ばかり任されている。
元レーサーというタレント性を、会社が利用しているのだ。
沖田家の後継ぎとして、愛想よく客やマスコミ関係者と接しているがストレスは半端ない。

(ほんの息抜きのつもりだったんだがな)

気分転換に愛車でドライブするついでに詩織を誘ってみたが、とてつもない収穫だった。
しゃべって食事しただけなのに、いつの間にか気分はスッキリしているし身体の不調まで言い当てられてしまったのだ。

「ホント、お前は面白い」
「あの、心のリハビリって?」

詩織に聞かれても、瞬はうまく説明できなかった。そこまで初対面に近い相手に自分の心の内を明かせない。
ガソリンスタンドまでの短い距離を、瞬は上機嫌で詩織は怪訝な表情で歩いた。

「じゃあ、家まで送るよ。といっても、近藤家に住んでるんじゃあないんだったな」
「はい。大丈夫ですよ、ここから電車で帰れますから」

そんな話が聞こえていたのか、拓斗がニヤニヤしながらふたりを見ている。

「笑うなよ、拓!」
「いや、お前のそんな顔が見られるなんて思ってもいなかったよ。天下の沖田瞬を目の前にして『電車で帰る』なんて言える詩織さんは大物だな!」

「そうですか?」

褒められたと思ったのか詩織は照れているが、その様子がまたおかしいと拓斗は笑い続けている。

「とにかく、乗って」

拓斗にからかわれているのが腹立たしくて、瞬は強引に詩織を助手席に乗せた。



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