大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


***


拓斗がバイバイと手を振ってくれたから、詩織も車からお辞儀をする。

「はあ~」

瞬が大きなため息をついたので、詩織は彼の方に目を向けた。
ハンドルに顔を埋めているから表情は見えないが、なんだか疲れて見える。

「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃあないよ。君のおかげで」
「え? ごめんなさい」

姉の代わりをつとめたつもりだったのに、無意識のうちに瞬に負担をかけていたかと詩織は焦った。
だが、ハンドルから顔を上げた瞬は笑っていた。

「そういうところだよ」

瞬は詩織の頬に手を伸ばしてきた。親指の腹で詩織のやわらかな白い肌をそっと撫でてくる。

「あ、あの」

濃い化粧の女性には決してできない触れ方だろう。

「クセになりそうだな」

瞬の言葉の意図するところがわからない詩織は、ただされるがままだ。

「住所教えて」
「えっと……」

詩織はなぜか瞬の言葉に対して、素直に自分のマンションの場所を告げていた。
家族やごく親しい友人にしか伝えていないのに、瞬には教えてしまっている。
迷うこともなくスラスラ口から出てしまったのだから、もう止めようがなかった。



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