大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


詩織はまだ二十四だと思っているが、両親にしてみればもう二十四らしい。
少し前から、父はあちこちで婿養子にきてくれそうな医者を探しているし、母は詩織にお見合いの話を持ってくるようになった。
彩絵がプロのテニスプレーヤーになってからは、近藤家では妹の詩織がこの病院を継ぐのがあたり前になっている。

「スポーツ関係の仕事をしたいなら、今のようにスポーツリハビリを担当すればいい」
「院長、でも私は……」
「この病院があるのに、わざわざ沖田自工のスポーツトレーナーとして働くことはないだろう」

父は詩織に有無を言わせない。自分の決断こそが家族の意思だと思っているのだ。
もちろん詩織だって将来のことを考えなければいけなのはわかっている。
だが、瞬がふたりで話したことを覚えていてくれたとしたら断りたくはなかった。
せめて父が断る前に詩織にも依頼があったことを教えてほしかったし、自分で返事をさせて欲しかった。

「それより、母さんがいい話を持ってきたよ」

父は無口になった詩織をなだめるように、優しい声で話しかけた。
きっと見合いの話だろうが、もう詩織の耳にはなにも入ってこなかった。





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