大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


(沖田さんに謝らなくちゃ)

院長室を出た詩織の心は、瞬への申し訳なさでいっぱいだった。
彩絵の妹だから気を遣ってくれたにしても、スポーツトレーナーとして声をかけてもらえるなんて思ってもいなかった。
試合に向けてコンディションを整えたり練習の疲労を回復させたりする手伝いができるし、ケガをしたときにはリハビリだって手伝える。
実業団でも強豪チームを持つ沖田自工のトレーナーなんて、なかなか採用してはもらえないだろう。

(せっかくチャンスをくれたのに)

父は詩織に婿をとって病院を継がせたいから、よそで働くのは無駄だと思っているのだ。
おまけに、母の友人の息子さんとの見合いの話を進めようとしているらしい。

もはや詩織に逃げ道はなさそうだ。
かといって、このまま両親のいいなりにはなりたくない。
せめてもう数年は自由が欲しかった。

病院を出て電車に乗ってからも詩織の気持ちは沈んでいた。
詩織はぼんやりとしたまま駅からマンションへの帰り道を歩いていたら、突然、バッグの中からスマートフォンのバイブレーションの振動が伝わってきた。
誰からの電話だろうと慌ててスマホを取り出したが、ディスプレイの文字を見て驚いた。

『沖田瞬』

詩織は急いで電話にでる。

「もしもし」



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