大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「あ、そうですね。できたら沖田さんには品川にあるスポーツジムをご紹介したいのですが」
「スポーツジム?」
詩織は、大学時代の先輩が経営している『T・ケア』の話をした。
「ああ、あの運動具メーカーの息子がやっているところか」
「ご存知でしたか?」
T・ケアの名前はすでに耳に入っていたようだ。
「業界では有名な店らしいな。タカハシスポーツの息子とは同じ年頃だから、どこかで会った記憶がある」
「高橋さんとですか?」
「たしか、様々な業界の後継者が集まる場だったかな。若い人材の交流を深める会だったはずだ」
あまりガツガツしたところのない穏やかそうな人物だったと瞬は恭介に好印象を持っているようだ。
「高橋恭介さんもきっと沖田さんのこと覚えていますね」
恭介はトレーナーだけでなく、スポーツドクターの資格も持っている。
詩織は大学時代に姉の試合で恭介と出会ったのだが、お互いにスポーツリハビリテーションに関心が高かったので話が弾んだ。
それがきっかけで、彼のスポーツジムに誘われて働くようになったのだ。
八歳も年上なのに物腰の柔らかな人で、経験も豊富だし尊敬できる先輩だ。
「そこに行ってみたらいかがでしょう」
「君も働いているのか?」
「ええ。パーソナルトレーニングを受け持っているので、時々ですが」
「わかった。高橋さんに紹介してくれ」
「はい」
詩織は、恭介なら安心して瞬のケアを任せられると思ったのだ。
彼なら瞬がレース中の事故で痛めた首や大腿骨の後遺症を少しでも軽くしてくれるかもしれない。
周りに弱みを見せないようにガマンしてきた瞬も、きっと今より日常生活が楽になるはずだ。