大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
その日も丁寧に断ったのだが、瞬は詩織を送ると言ってまた車に乗せる。
「いつもすみません」
「いや、誘っているのは俺だかから気にしないでくれ」
おしゃべりしながら食事を楽しんだので、すっかり遅くなっていた。
夜遅い時間だから、黒いセダンは詩織のマンションまであっという間だ。
入り口の少し手前にピタリと止まる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかった」
「姉も、来月には帰ってくると思います」
助手席から降りながら、瞬にむかって笑顔を向けた。
ツアーが終われば、姉が帰国する。そうしたら、瞬が詩織を誘うこともないだろう。
「ん?」
瞬はなんのことだかわかっていない顔をしたが、詩織はドアをパタンと閉めた。
「おやすみなさい」
ガラス越しに瞬に告げると、詩織はマンションへ小走りで駆け込んだ。
姉と瞬が並んでいる姿を想像するだけで、チクリと胸の奥が痛んだ。
***
瞬を恭介に紹介してから十日ほど経った。
詩織がT・ケアでトレーナーとして働く日だ。
「お疲れさまです」
事務所に挨拶に行くと、恭介が待ち構えていた。
「やあ、詩織。待ってたんだ」
ふたりだけの時は学生時代と同じように恭介は名前で呼んでくる。
「なにか急ぎの用事でもありましたか?」
「詩織が紹介してくれた沖田瞬さんの件なんだ」