大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
ほんのわずかな甘い時間だった。
だが、いつまでも続けていられるわけがない。詩織の理性が先に戻った。
「ダメよ、こんなこと」
思い切り瞬を突き飛ばすようにして、詩織は起き上がった。
「君だって、感じているはずだ。俺たちの間に沸き起こるなにかを」
「でも、ダメなの! だって、あなたは……」
姉の恋人なんでしょと叫びそうになった。
ひと時の遊び相手にされるくらいなら、もう仕事でも会わない方がいい。
「私の担当は今日までにさせていただきます。オーナーにはなにも言いませんからご安心ください」
「詩織!」
荷物を持つと、詩織はトレーニングルームを出た。
コートを羽織ると、玄関から外に出る。
風が冷たかった。
少し汗ばんだ身体や頬のほてりはさめていく。
(なにもなかったことにしなければ)
瞬も彩絵がツアー中で会えないから、気の迷いだったんだろう。
『俺たちの間に沸き起こるなにか』
瞬の言葉が何度も頭の中に響いている。
たとえそのなにかで惹かれ合っていても、姉の恋人とこれ以上を望むわけにはいかない。
もちろん、姉から奪うなんて詩織にできるわけがない。
(でも、いい人だもの……)
派手な外見とは違って、話しやすくて優しい人だ。
いつも周りの人に気を遣っているし、長い付き合いを大切にしていてぶっきら棒だが思いやりがある。
詩織の頭の中には瞬の好きなところばかりが浮かんでくる。
(彩絵のことがなければ、きっと恋していた)
詩織は諦めようとしたつもりだが、もう遅い。
本人がどう否定しても、詩織はもう恋に落ちていたのだ。