大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「彩絵は?」
詩織は紅茶のカップをソーサーに置いてから、膝に置いた手をギュッと握りしめた。
(こんな気持ちでお見合いするのは相手に失礼だ)
ずっと聞きたかったことを、彩絵に確認しようと決めたのだ。
「お父さんが、彩絵もそろそろ婚約するんじゃないかって……」
「やだ、お父さんったら。まだ決まってもいないのに~」
甘えたような声を彩絵が出すのは、隠しごとがある時の癖だ。
恋しい人のことを考えているのか、照れくさそうに頬を染めた。
結婚について、彩絵は肯定も否定もしなかった。
「あのね~結婚はまだ先でもいいの。だけど瞬ってモテるのよ~。だから誰にも取られないよう婚約だけは早くしたいなって思ってるの」
「そうなんだ」
姉の口から瞬の名前が出てきたことで、今さらのように詩織は切なくなった。
「まだ誰にも言わないでね! お父さんにもね!」
彩絵が慌てた様子で、この話は内緒だと念を押してきた。
「お母さんは決まってるみたいに言ってたらしいわ」
「やだわ~。お母さんに婚約したいなって仄めかしただけなのに~」
彩絵と瞬の関係は、両家の間で正式に決まったものではなさそうだ。
詩織は少しホッとした。だからといって、今さら彩絵と争う気にはなれない。
瞬からキスはされたけど、詩織のことが『好きだ』と言われたわけではないのだ。