大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
詩織を車に乗せて、ゆっくりと駐車場ビルから出る。
黄昏の時間を過ぎたから、そろそろ街の中ではネオンが煌めき始めるだろう。
土曜日とあって、もう道路は込み始めていた。
「あの男は?」
『誰だ』と聞いているのに、詩織は黙って前を見つめたままだ。
答えたくないのならしかたがない。話してくれるのを待つだけだ。
しばらく日比谷公園を見ながら国会通りを走らせていたら、詩織がポツリと言葉を漏らした。
「今日、お見合いしたんです」
「は?」
「あの方は、お見合いの相手。母の友人の息子さんです」
急に詩織が話し始めたと思ったら、とんでもない内容だった。
仕事仲間とか、友人のレベルではない。
近藤病院を継ぐために母親が詩織に用意した見合いの相手。
おそらく両家も認め合っていて、ほぼ確定的ともいえる結婚相手だ。
「私は病院を継ぐんです。だから、ドクターと結婚しなくちゃいけない」
前を向いたまま、詩織は辛そうに話す。
それは見合い相手を好いている声ではないし、結婚に向けてときめいている言葉でもない。
なにが彼女を追い詰めているのか、どう考えてもわからなかった。
瞬はハンドルを自宅の方へ切った。