大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
二月に入ってから、寒波の影響でかなり冷え込む日が続いていた。
関東地方でも雪が積もるかもしれないといわれるような金曜日、詩織は横浜に来ていた。
瞬と夕食を海華楼で食べる約束で待ち合わせていて、拓斗も後から合流する予定だ。
「温かいものでも飲んで待ってて」
老主人は、ジャスミンの香りのするお茶を出してくれた。
「いい香りですね」
「茉莉花茶は、美容にいいよ。リラックスできるしね」
いつも通りの穏やかな表情で老主人はもてなしてくれる。
「瞬も遅いねえ。予約は七時半だって言ってたのに」
「きっと忙しいんでしょう。ごめんなさい座敷を占領してしまって」
「ウチはいいから、気にしないでゆっくりして」
「ありがとうございます」
約束した時間はもう三十分も過ぎている。
少し前から外は小雪が舞い始めているらしく、次々に訪れる客たちは『寒い、寒い』と言っている。
ひとりでじっと座って待っていたら足の指先がだんだん冷たくなってきた。
みぞおちのあたりがシクシクと痛む気がするし、詩織はなぜか落ち着かない。
(瞬さん、遅れる時はいつも連絡くれたのに……)
店の中はずいぶん賑わっているが、詩織は胸騒ぎを感じながらポツンと瞬を待ち続けていた。