大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「詩織ちゃん、いる?」
もう九時を過ぎようかという時間になって、拓斗が海華楼に駆け込んできた。
詩織は食事もとらず、ずっと小座敷で瞬が来るのを待っていたのだ。
「あ、拓斗さん。ごめんなさい連絡しないで」
三人で会うつもりだったのに、瞬が来ないから連絡できないままだった。
「まだ瞬さんが来ないの」
「やっぱり……」
ガソリンスタンドから走ってのだろう。
急いだのか、この寒さなのに上着もはおらず息を切らしている。
「拓ちゃん、どうした?」
小座敷から詩織が顔をのぞかせるのと同時に、気なったのか老主人も厨房から出てきた。
「それが……」
拓斗は一瞬ためらう表情を見せたあと、顔をグチャグチャにしながら話しだす。
「たった今、ニュースで……瞬が事故に遭ったって!」
「まさか!」
店にいた客たちは何事かという表情で詩織や拓斗の顔を見ている。
詩織はスマートフォンを見るが、なんの連絡も入っていない。
「どうして? どこで?」
色々と検索していたら、放送局のローカルサイトに交通事故のニュースがあった。
拓斗も画面を覗き込む。
「これだ!」
都内で凍った道路を走っていたトラックがスリップし、センターラインを越えて乗用車にぶつかった記事があった。
「トラックと⁉」
詩織は慌てて座敷から飛び出そうとするが、拓斗が止めた。
「どこの病院に運ばれたか調べるから、落ち着こう!」
老主人が九時からのニュースにテレビの画面を切り替える。
画面には政治家の顔が映っていて、事故のニュースではない。
「家に連絡しても誰も出ない……クソッ、奥の手だ」
拓斗はまたどこかに電話をかけている。しばらく話してから詩織を見た。
「詩織ちゃん、病院がわかった! 一緒に行こう」