大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
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小さな町での生活は楽しかった。
理学療法士は少ないから、仕事はいくらでもあった。
最初に町営の病院での仕事を受ける時、院長にはシングルマザーになると正直に話しておいた。
院長は高齢だったが子ども好きな人で、赤ちゃんを授かることは素晴らしいことだと応援してくれたし、町の人たちも大きなお腹で働く詩織に優しかった。
皆がほとんど顔見知りのような町なので『いつ生まれるの?』『男の子かな、女の子かな』と声をかけてくれる。
「十月が予定日なんです」
「男の子でも女の子でも大歓迎ですけど、生まれてからのお楽しみかな?」
助産師の資格を持つ看護師たちは、初めてのお産に戸惑う詩織を家族のように支えてくれた。
先輩ママさんたちからはお下がりのおもちゃやベビー服をいただくという温かい環境で、詩織は予定通り十月半ばに男の子を産んだ。
「元気な産声! 男の子ですよ、詩織さん」
「ああ……」
陣痛の時間が長かったので詩織は意識もうろうとした状態だったが、生まれたばかりの子を胸に抱かせてもらって初乳を含ませる。
「可愛い……」
「詩織さんに似ているかな?」
あまりの小ささに、恐る恐る指先で赤ちゃんの頬に触ってみる。
(元気に生まれてきてくれて、ありがとう)
瞬には子どもの存在を伝えられないかもしれないが、心から愛した人の子だ。
(愛しくてたまらない)
東京から遠く離れて、この街でひっそりと母子で暮らしていくなら彼に知らせなくても許されるだろうか。
家を出たことは両親には申し訳ないと思っていたが、戻りたいという気持ちはおこらなかった。
詩織はわが子の頬にもう一度そっと触れた。