大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


詩織は息子に、近藤翔琉(かける)と名付けた。
元気に駆け回る宝物のような子をイメージして考えた名前だ。

この十月で、やっと翔琉は二歳になった。
翔琉の成長は詩織に元気をくれるし、生活に張りもある。
翔琉が生まれてからの二年間は、詩織にはかけがえのない時間だった。
少しずつ冷静になれたし、気持ちの整理もできた。
大きな病気にもかからず手のかからない子だったおかげで、詩織も新米ママとして頑張っている。

詩織と翔琉の母子は、町営住宅に住んでいる。2LDKの広さがあって、ふたりで暮らすには十分だ。
町営住宅から病院までは自転車で五分くらいの距離だし、その間には小さなスーパーもある。

保育園の帰り道、ふたりでスーパーに寄るのはお約束だ。
野菜や果物の名前をひとつずつ覚えていく翔琉を見て『賢い子だね』と、近所のおばあさんがほめてくれた。
つい詩織も嬉しくなってしまい『そうなんです!』と返事をしてしまい、あとで親バカだと反省することもあった。

詩織はいつのまにかこの町にすっかり馴染んでいた。
翔琉を町立の保育園に預けて病院や整体院で働く生活は慌しくもあったが、充実した毎日だ。

(この子とふたりなら、ここで生きていける)

この時間がずっと続けばいいのにと願うばかりだった。


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