大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


その日の詩織は、午後五時で病院の勤務が終わる日だった。
それから園に翔琉を迎えに行くとちょうどいい。

「お疲れさまでした」

職員の通用口に向かって歩いていたら、食堂の調理員のおばさんから声がかかった。

「詩織さん、これからお迎え?」
「あ、お疲れさまです」

いつも、ひとり親の詩織を気にしてくれている人だ。

「これ、頂き物をみんなでわけたの。翔琉ちゃんにもあげて」

二個の赤いリンゴが入った袋を手渡してくれる。

「わあ、美味しそうなリンゴ」
「翔琉ちゃんが好きだといいんだけど」
「あの子、リンゴが大好きなんです。ありがとうございます!」

調理員は「よかった」と言いながら、ニコニコと食堂に戻っていった。
忙しい夕食の配膳の合間に声をかけてくれたようだ。

(今日のデザートはリンゴにしよう。夕飯はなにがいいかな)

そんなことを考えながら通用口を出て自転車置き場に足を向けたら、詩織の横に車がすっと近付いてきた。

「詩織」

あれ?と思う間もなくリアサイドウインドウが開いて、懐かしい声が聞こえた。
よく通る声だ。ただ、以前の甘いトーンではなく暗く沈んだ声だった。



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