大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「偶然だった」
麻耶は大学に進学してから、沖田自工の陸上チームに入ったと瞬が話し始めた。
期待の新人として陸上雑誌のインタビューを受けた時、お世話になったトレーナーとして『S・Kさん』の名を挙げたのだ。
『高校時代にケガをして手術することになって、すごく落ち込んだんです。その時に私を支えてくれたのがS・Kさんでした』
『最近、祖父の家に遊びに行った時に偶然見かけたんです。まさか九州にいらっしゃるとは知らなくて、再会出来て嬉しかった』
そのインタビュー記事を読んだ瞬は、麻耶が手術したのは近藤病院だったから『S・Kさん』は詩織だとすぐにわかったらしい。
「高木君に確認して、きみをあちこち探した」
「私を?」
「やっとこの病院にいるんじゃないかとわかったんだ」
もう詩織はなにも言えなかった。
確かに今年の夏に麻耶と偶然会って話をしたが、こんなことになるとは思いもしなかった。
そこまでして瞬が自分を探すのはどうしてなのだろう。
「どうして?」
「それは俺のセリフだ。こんな顔や身体になった俺から、君は逃げたのか?」
「え?」
詩織が東京から逃げたのは、彼のケガのせいではない。
あれほど自信に満ちていた瞬が、暗い目をして詩織を見つめる。
(知らなかった……あなたがこんな姿だなんて!)
「まあいい。また会おう」
そう言うと、瞬は緩慢な動作で車に乗り込んだ。すぐに車は走り出す。
瞬の乗った車を見送りながら、詩織はこの短時間でなにが起こったのかわからないままだった。