大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
「あ、お迎え!」
気がつけば五時半になろうとしている。
翔琉が待ちくたびれて泣いているかもしれない。
瞬はまさか詩織に子どもがいるとは思っていなかったのだろう。
ひと言も聞いてこなかったし、詩織も話す余裕はなかった。
慌てて自転車に乗って、保育園に急ぐ。
(遅くなっちゃった。ゴメンね。翔琉)
まだ父親というものがわかっていない翔琉には、キチンと『パパ』について話したことがない。
『また会おう』という瞬の言葉が気になったまま、詩織は園に着いた。
ぐずっているかと心配していたが、翔琉はご機嫌で遊んでいた。
近ごろお気に入りのブロックを高く積み上げて嬉しそうだ。
指先が器用になったからか、ブロックが大好きになったところだ。大きな形から少し小さなものが扱えるようになって遊びの幅が広がってきたのだろう。
部屋に駆け込んでくる詩織に気がついたのか、翔琉はブロックを置いたまま立ち上がった。
「かあくん、お待たせ~」
「ママ~」
自分に向かって走ってくる息子の目元があまりにも瞬に似ていて、詩織は息が詰まりそうになった。
こんなにも彼にそっくりだったんだと、あらためて気がついた。
(この可愛い息子の存在を彼は知らない)
彼に知らせなかったという重い事実が、詩織の心に突き刺さる。
初めて翔琉が寝返りをうった日も、つかまり立ちをした日も、瞬は知らずにいたのだ。
(彼に、話さなくちゃ)
どう話せばいいのか詩織は途方に暮れた。
瞬と彩絵があれからどうなっているのかわかるまで、彼に言うべきではない気もする。
詩織は一晩中悩み続けた。