GIFT
「瑛太、そんなんじゃ絶対寝ないから」

歌の下手な僕に葵はいつもそう言っていた。

でも、意外にも僕が歌うとお腹の中の赤ちゃんは動くのをやめて静かになる。

「どうだ?やっぱりパパの声は落ち着くんだよ」

「遥香ちゃんは、いい子でちゅねぇ。いっぱい寝てくだちゃいねぇ」

すると葵は聞いていないフリをして、赤ちゃんに優しく語りかけていた。



そして妊娠6〜7ヶ月になると腰や背中の傷み、便秘や痔、足がつったり、マイナートラブルで悩まされる事が多くなった。

僕にできる事は、葵の心をリラックスさせてあげる事と、腰や背中、足のマッサージをして少しでも痛みを和らげてあげる事ぐらいだった。

その他にも、妊婦にいい音楽と映像があれば借りてきて一緒に聞いたり観たりした。

食べ物でも“妊婦におすすめ”と聞けば、買ってきて葵に食べさせた。

僕にとってはお腹の中の赤ちゃんは大事だけど、僕の大好きな妻である葵も大事で、その葵が頑張っているのだから、全力でフォローしてあげるのは当たり前の事だった。



そうして、とうとう妊娠10ヶ月に入り、赤ちゃんの身長は50㎝、体重は3,000gを越えた。

いつ産まれてもおかしくない状態だった。

そして今日は、10月13日…僕の誕生日だ。

もし、今日生まれたなら僕と娘の誕生日は同じになる。

ちょっとした奇跡だ。

でも仕事で家を出ていく時には、葵に変わった様子は見られなかった。

只、家を出る直前に葵から「困ってる人がいたら最後まで助けてあげて」そう言われた。

困ってる人か…

誰の事だろう?

誰かを助けなきゃならない場面に遭遇するという事なのか?

葵の言った言葉が頭から離れないまま午前中の仕事が終わり、順番で昼食をする事になった。

僕は大抵最後なので、やりかけの仕事を全部終わらせてから昼食に行く事にした。

何だか食欲がなかったので、好物のラーメンでも食べようと、いつもの店に入り、いつも食べている味噌野菜ラーメンを注文した。

5分くらい待つと、注文したラーメンが運ばれてきた。

いつもの事ながら、普通盛りのはずなのに野菜と麺とスープの量が大盛並みに多かった。

でも不思議とペロッと全部平らげる事が出来てしまう。

飽きがこないから、また食べに来てしまう。

僕の1番のお気に入りのお店だ。

そして店を出ると、天気もよく暖かな陽気だったので、少し遠回りをしながら散歩をして会社に戻る事にした。

いつもなら通らないような道を通って行く事にした。

あれ?

しばらく歩いていると細い路地があったので入っていくと、お腹をおさえ、その場にしゃがみこんでいる人がいた。
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