GIFT
「どうしました?」

慌てて駆け寄ってみると、お腹の大きい20代くらいの妊婦さんだった。

「おっお腹が…」

「お腹が痛いんですね?陣痛ですか?」

「そっ‥そうです…」

「わかりました。今救急車を呼びますからね」

僕は直ぐに119番に電話をして救急車を呼んだ。

「直ぐに来ますから大丈夫ですよ」

「うぅ…いっ‥痛い…‥」

「僕の妻も妊娠10ヶ月でいつ生まれてもおかしくないんですよ」

「うぅ…」

僕は妊婦さんの気が紛れればいいと思って必死に話しかけた。

「実は今日、僕の誕生日なんです。だから今日産まれると同じ誕生日なんです」

「うぅ…はぁ…はぁ…‥」

救急車が来るまでの数分間、痛みに苦しむ妊婦の手を握って励まし続けた。

そして救急車が到着すると、目の前の妊婦さんは担架に乗せられ中へと運び込まれた。

「ご家族の方ですか?」

救急隊員の方が僕に近づき聞いてきた。

「ちっ‥違いますけど…」

「一緒に行ってあげますか?」

「スイマセン。仕事中なんで…」

どうしようか迷った末…断った。

そして、先程の救急隊員が後ろのドアを閉めようとした。

「ちょ‥ちょっと待って下さい」

「何ですか?」

救急隊員の方は不機嫌そうな声で答えた。

「やっぱり一緒に行ってもいいですか?」

「どうぞ」

マスクをしているので表情はよくわからなかったが、嬉しそうな顔をした気がした。

「ありがとうございます」

どうして突然行く気になったのかと言うと、朝の葵の言葉を思い出したからだ。

「困ってる人がいたら最後まで助けてあげて」その言葉が脳裏をよぎったからだ。

それから救急車は、妊婦さんの掛かり付けの産婦人科に向けて走り出した。

車の中から外の景色は殆んど見えなかったので、何処を走っているのか、何処に向かって走っているのか全くわからなかった。

走り出してから20分くらい経った頃、車は停車して後ろのドアが開けられた。

どうやら病院に到着したようだ。

車を降りると見覚えのある建物が僕の前に聳え立っていた。

看板には“高橋レディースクリニック”と書かれていた。

ここって…

僕は知らない間に、葵の通っている産婦人科の病院に連れて来られていた。

偶然…だよな。

それから僕は救急隊員に運ばれる妊婦さんと共にエレベーターに乗せられ、お産室のある2階に上がった。
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