GIFT
「旦那さん、お産に立ち会いますか?」

お産室のドアの前にいたので、夫と勘違いされたらしく、出産に立ち会うかどうか聞かれた。

「あの…僕はあの方の夫じゃないんです」

「そうなんですか…」

「白石先輩…」

お産室から顔を出し先輩看護婦を呼んでいるのは知った顔だった。

確か浅香さんとか言っていたような…。

「ほらっ…行くわよ」

すると先輩看護婦は、浅香さんのオデコを指で押しながらそう言った。

「あれっ…葵さんの旦那さんじゃないですか? 随分早く来れたんですね…」

僕に気付いた浅香さんは近くまで来るとそう言った。 

「えっ…何の事ですか?」

「呼ばれて来たんじゃないんですか?」

「僕は会社の近くで倒れている妊婦さんに付き添って来たんですけど…。どういう事ですか?」

「お昼前から何度か電話があったんですよ。“おしるし”も見られて陣痛も始まってたようです。もう直ぐですね」

「ほっ‥本当ですか?」

「はい。立ち会い頑張って下さいね」

そう言い残すと、浅香さんもお産室に入って行った。

もしかしてと思い、スマホを見ると着信とメールが数件入っていた。

母さんからだった。

《葵ちゃんの陣痛が始まったから、出産に立ち会うなら昼過ぎには病院に来てなさい。母さんは、これから葵ちゃんを乗せて病院に向かうからね》

メールの受信時刻を見ると、1時間くらい前に入ってきたものだった。



オギャーオギャー

突然お産室から産声が聞こえてきた。

さっきの女性の赤ちゃん、無事に産まれたんだ…。

良かった。

これで葵に言われていた事は守られた。



それから僕は、葵と母さんを出迎える為、階段で1階に降りようとした。

チ~ン…

振り返ると、お腹を押さえながら、痛みで顔が歪んだ葵と母さんが、エレベーターからゆっくりと出てきた。

「葵っ」

「瑛太…早かったじゃない。イッ…イテテ…‥」

「葵に言われた通りにしたからだよ。わかってたんだね?」

「へへっ」

葵は痛みに耐えながら僕に微笑んで見せた。

それから僕は葵の出産に立ち会った。



オギャーオギャー

1時間に亘る出産の痛みに耐えて、ようやく赤ん坊が産声をあげた。

僕らの子供が誕生した。

こんなに感動するものだとは思わなかった。

「良くやった葵…本当に良くやったね。うぅぅぅ…」

人前だというのに、溢れる涙を抑える事が出来ず、声をあげて泣いてしまった。

「葵…よく頑張った。ありがとう」

「瑛太こそ…ありがとう」

それから赤ちゃんは保育器に移され、葵は個室に運ばれた。
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