GIFT
きっと僕を捕まえに来たに違いない。

「おいっ、紺野っ」

「はい…」

「声がちいせえんだよっ。もっとでけえ声で返事しろよっ。紺野瑛太っ」

「はいっ」

僕は地面に額を押しつけたまま、やけくそで返事をした。

「よしっ。紺野は出席だな」

松下はそれだけ言うと何も言わずに階段を下りて行ってしまった。

松下…ありがとう。

感謝してる。

そう、心の中で呟いた。

「うっせえんだよ」

そんな声が聞こえてきそうだった。



亜季ちゃんが旅立ってから1週間近くが経ったが、当然のことながら互いに連絡をする事はなかった。

それでも、どうしても我慢できずに1度だけ亜季ちゃんの携帯の番号にかけてしまった事があった。

すると僕の隣の席の葵さんの鞄の中からスマホの着信音が聞こえてきた。

葵さんは亜季ちゃんのスマホだと言っていた。

亜季ちゃんは、こっちで使っていた物は全て置いていってしまったと言う事だった。

たぶん思い出すとツラくなるからに違いなかった。

スマホもその中の1つらしい。

亜季ちゃんのそんな思いを知った僕は、2度と自分から連絡をする事はなかった。

また、葵さんは亜季ちゃんがいなくなって1週間くらい元気がなく、ひどく思い悩んでいるようだった。

でも、日が経つにつれて次第に元の葵さんに戻っていった。

まるで亜季ちゃんのようだった。

元のと言うよりは、以前より笑顔も多くなったし明るくなっていた。

きっとこれが、本来あるべき姿なのかもしれない。

それは僕が葵さんを大切に想い、今まで以上に傍にいてあげるようになった事も多少なりとも影響しているようだった。

それに、帰りのホームルームが終わると、僕と葵さんは下駄箱で待ち合わせをして一緒に帰るようになっていた。

ほぼ毎日のように…

それともう1つ変わった事があった。

以前のように、葵さんは教室を飛び出して行く事がなくなった。

だからと言って、人助けをしていない訳ではなさそうだった。

やっぱり葵さんは葵さんのままだった。
< 90 / 194 >

この作品をシェア

pagetop