離婚前提から 始まる恋
「バカっ、何やっているんだっ」

今度こそ自分が抑えられなかった。
病人に向かって大きな声を上げるなんてひどい奴だと思うけれど、考える余裕がなかった。
そして、

「勇人、いい加減にしろ」

兄貴の怒鳴り声が響き、花音は俺の腕の中で体を硬くしている。

「花音、すまない。つい」

体調不良に気づいてやれなかったのも、
花音に倒れるまで無理をさせたのも、
全ては俺の責任で、度量不足だ。
それ以前に、倒れるほどに体調が悪くても花音は何も言ってくれなかった。そのことが何よりもこたえている。
夫婦になって一年数ヶ月。
それなりに打ち解けたつもりでいても、心許す域にまでは至っていないらしい。
それを、恋愛感情もないのに親同士の勧めるままに結婚したからだと言ってしまえばそれまでだが・・・やはり、むなしさは消えない。

「もういいから、花音ちゃんを連れて帰ってやれ。うちの産業医の話だと過労の蓄積だろうってことだから、ゆっくり休ませるといい」
「ああ、そうする」

兄貴の言葉に、悪い病気ではなかったことに安堵して、俺はもう一度花音を抱きしめた。
小さくて華奢で、力を籠めたら壊れてしまいそうな花音。
俺はガラス細工を抱きしめるように、背中にそっと手を回した。
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