エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚～今宵、私はあなたのものになる～

プロローグ

今宵また、私はあなたのものになる

プロローグ

　人生何が起きるかわからないとはよく言ったもので、宮城菜摘（みやしろなつみ）は今まさに身をもって経験しているところだった。

　油の匂いに包まれた工場の事務室。もとは父親が経営していたこの小さな町工場を父亡きあと、父の弟で菜摘の叔父である宮城和利（みやしろかずとし）が跡を継いでもう十年になる。

「親父、どういうことだ？　金はどうするんだ？」

　働く気の一切ない和利に代わって、実質工場を切り盛りしているのは彼の息子の宮城賢哉（みやしろけんや）、菜摘にとっては兄のように慕っているいとこだ。

　その彼が今父親に向かって、ものすごい剣幕で怒号を上げている。

「ないものはどうしようもない。いや～絶対あの馬が来ると思ったんだ」

　従業員の給与のための金に手を付けて意気揚々と競馬で全財産を使い込んだ。責められているにもかかわらず、和利は反省の色など一切みせない。それどころかだ。

「大丈夫だ、菜摘が見合いすれば、金はいくらでもどうとでもなる」

「ちょっと待って、叔父さん。いったいどういうこと？」

　それまでのやり取りを黙って見ていた菜摘だったが、さすがに声を上げた。

「親父、いったい何を言い出すんだ」

　失望で大きなため息をつき、賢哉は頭を掻きむしった。しかし和利は満面の笑みを浮かべ自分の頭をチョンチョンと指さしながら言う。

「俺だってバカじゃないんだ。ちゃんと金が入ってくるアテがあるから使ったんだ。まぁ……競馬の予想ははずれたがな」

　がははと大きく口をあけて笑うその姿に、菜摘は言葉を失う。

（アテってどこにそんな伝手があるの？　ただでさえぎりぎりなのに）

　菜摘は大学卒業後、派遣社員として働きながら、この工場の事務も手伝っていた。帳簿は常にぎりぎり。銀行からの借り入れももうこれ以上は望めそうにない。

「見合いって言ったって、相手がいなきゃどうにもならいだろ」

　賢哉が呆れた様子で大きなため息をついた。

　菜摘もそれに同意だ。いったいどこに良くも悪くも「普通」の自分と見合いしたがる人がいるのだろうかと。

　そのうえ借金だらけのこの工場の面倒を見る人なんているはずない。

「それがいるんだよ。もうすぐ来る」

「い、いまから？」

　さすがの菜摘も声をあげた。当事者である自分に何の相談もなく見合い相手をつれてくるなど、言語道断だ。

「こういう話は、早い方がいい」